次の日、リーマスの姿を見ることはなかった。

 ホグワーツはそこいら中ハロウィンムードで、毎年の事なんだけれど、特にゴースト達がなんだか知らないけれどそわそわとしている。
 お菓子をたくさん食べてもいいんだって思えるし夕飯に出てくるカボチャ料理も好きだから、単純に私はハロウィンが好きだ。
 けれど、毎年ホグワーツのハロウィンでは何か事件が起こった。いや、厳密に言えば、何か事件を起こす人が居た。
 去年は巨大な火トカゲが火を吹きながらホグワーツ城を闊歩し、城内が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれた。
 一昨年はハロウィンカラーの風船がホグワーツ中にぷかぷかと浮かんで、ああ綺麗だなーなんてみんなで眺めていたら、とたんに割れて中から飛び出したスライムでみんなベトベトになった。その前の年は――全て挙げていったらきりがないけれど、つまり、ろくな事件が起こらない。
 その事件の犯人達は言うまでもなく、あの人達である。
 



「あの、これを渡して欲しいんですけど……」

 談話室に居ると、気の弱そうな男の子が大きな籠を私の前にどっかりと置いた。
 男の子の身長は私と同じくらい小さくて、新品の真っ黒なローブを見て新入生だとすぐに分かった。
 でも、この子は誰だったっけな。

「わっ〜。これ、全部お菓子!? どうしたの!」

 リオナが籠の中を早速がさがさと漁りながら歓声をあげた。

「ホグズミードに行った先輩に、買ってきてもらったんです」
「渡すって、誰に?」
「悪戯仕掛け人です」

 思い出した。
 顔までは見ていなかったけれど、彼は確か校舎案内の時に、悪戯仕掛け人に悪戯されないためにはどうすればいいのかと質問していた子じゃないだろうか。

「自分で渡したらいいんじゃない?」

 気の弱そうな男の子はサリーの言葉にふいっと視線を逸らした。

「今日はMrルーピンを見かけなかったので」
「じゃあ、他の人に渡せば?」
「わ、わかったよ!私、渡しとくから」

 サリーが鋭く言えば言うほど、彼の視線は逃げ続けて首が三六〇度回転するのではという懸念から、私は思わずフォローに入った。
 私の言葉を聞くと、男の子は一礼するとさっさと去っていった。

「なんなの今の?大物ね」

 バスケットの中からビスケットを取り出して勝手にむしゃむしゃとサリーが食べたした。それに習ってリオナも小袋を一つ抜き取った。

「あんなのがどうしてグリフィンドールに入れたのかしら」
「まあまあ」

 そんな事言われたら私だってどうしてここに居るのかと言われても何も言い返せない。
 悪戯なんてされたくない。平穏に毎日暮らしたい。
 彼のその願いは私にはよくわかるのだ。
 私はバスケットの中身が無くなる前に引き上げて、一旦自室に隠した。





 空き時間を見て、先生に許可を貰って梟を飛ばした。
 あの手紙はくしゃくしゃのまま焦げ茶の梟に預けた。
 何か聞かれたら、多分梟が握りつぶしたんだ、とか、適当な事を言ってごまかそう。
 曇天の空に、梟の影が見えなくなるまで見送った。

 ディックは、元気にしているだろうか。
 彼の元にまっすぐに飛んでいける梟が、とても羨ましい。



 夜になって、談話室に人気がなくなっても、リーマスは姿を現さなかった。
 雲が幕を張る夜空に、月のひかりがぼんやりと漏れている。
 満月はいつなんだっけ。
 そんなことをぼんやり考えながら、バスケットの中のキャンディをくるくる回した。

、適当にするんだよ」

 最後に気にしてくれたサリーが声をかけてくれた。おやすみと言って、もう一度座り直した。

「……狼」

 僕は狼だから、と月を見てリーマスが言ったことがあったな。
 あれは、何か意味があったんだろうか。それとも、軽い冗談だったんだろうか。

 狼は月に恋して、水面に――か。自分でもよくこんなロマンチックな事考えられたなあと感心する。
 本『月と狼』を思い出していた。あの本のおかげで、私はリーマスと仲良くなれたのだと思う。
 リーマスは本が好きだし、もっと本の話題をふってみたほうがいいだろうか。
 何がおすすめか聞いたり、私のおすすめを話してみたり――。

 くるくるとキャンディを回しながら、私は次にリーマスに会った時のことを考えていた。

 そして、呑気な私の背中に忍び寄る、黒い影の存在には、気づくことができなかった。

 突然、首筋がすっと寒くなる。



「う〜ら〜め〜し〜やぁ〜〜〜〜」




 あまりの出来事に私は何も言葉を発することができなかった。
 びくりとして振り返った先に居たものを目をまんまるく見開いて見つめた。
 長い髪の隙間から、ぎょろりと血走ったハシバミ色の目がこちらを見ている。
 白い服を来た女? は私を見ていた。

「あれ? 反応薄いな」

 ややあって、お化けはぱちぱちを瞬きすると、長い黒髪をずるんと下に落とした。
 そして現れたのは見え覚えのある顔。ジェームズ・ポッターだった。

「ジェームズ、彼女、固まってるよ!」

 私の目の前をぴろぴろと、ピーターが手を振った。

「お、マジ?そんなに怖かった?どう?君のために東洋風のユーレイにしてみたんだけど……って」

 私はお菓子の入ったバスケットを彼らに投げつけ、ドタドタと女子寮の階段を駆け登った。
 無理やりリオナのベッドに入り込んでから、息をするのを忘れていたことに気づいた。





「も〜なんだったの?おかげで肩いたいよ〜」
「ご、ごめんリオナ。怖くてつい」
「急にどうしたの?」

「あ、おはよう!!」

 次の日朝の談話室、何故か突然名前呼びで爽やかに挨拶にしてくるジェームズ・ポッターに違和感を感じざるをえない。
 昨日の夜のことも同時に思い出して硬直していると、周りの二人が訝しげに私とジェームズ・ポッターの顔を見比べた。

「あ、そうだ。これ、昨日の忘れ物だよ。半分くらい無くなっちゃったけど……」

 わざわざバスケットを持ってきてくれたみたいだ。
 いたずらしたりするけど、こういう所は律儀なんだろうか。半分なくなっちゃってるけど。

「あ、それ、あなた達にあげるつもりで昨日待ってたの」
「え?そうだったの?てっきり驚かされ待ちかと」
それは待ってなかったです
「えーっそれならありがたく頂くけど、なんで?」
「実は……」

 かくかくしかじか、とリーマスの発言と例の新入生について話すと、ポッターは納得してにんまり笑った。

「でかしたな、リーマス。適当な事いいやがって!」

 褒めてるのか怒ってるのかよくわからない事を言いながら、彼はごそごそ菓子の包を広げて朝から菓子を頬張った。
 私は辺を確認した。リーマスは近くに居ない。今日もまた休みなのだろうか。

「あ、あの、リーマスは……」

 私が言いかけたとき、男子寮からシリウス・ブラックが降りてくるのが見えた。
 彼の姿に体が拒否反応を示す。リーマスの話をしていると知れたら彼がなんと言うかわからない。

「リーマスなら」
「あ、ううん、なんでもない。じゃあ朝食行こ。ね」

 シリウス・ブラックがこちらに来る前に、リオナとサリーを引っ張って、私は寮を出た。





 時間はまだあるのに、大急ぎで寮を出て行く彼女達に、ジェームズは頭をかしげながら、次のお菓子を手に取った。
 ピーターもまだたくさんあるのに早くしないとなくなっちゃうとでも言いたいように、必死にお菓子を食べている。本当に鼠みたいだ。

「おはよう」

 不機嫌そうな声でシリウスがどさっと隣のソファに腰を下ろした。
 彼を見て、ジェームズは彼女がさっさとこの場を後にした理由に気づいた。

「なんだ今の」
「このお菓子くれたんだ。賄賂だよ」
「賄賂?」

 怪訝な顔をして、彼はお菓子には手をつけない。

「あいつ何考えてやがる。今度はジェームズか?」
「どういう意味?」
「あのチビがリーマスにちょっかい出してるみたいだから、牽制してやったんだ。食うなよそんなもん」
「……」

 シリウスは機嫌が悪そうだな。ジェームズは何故彼がこんなにも怒ってるのかわからない。

「あ、嫉妬してるんだ〜。リーマスがモテモテだから」
「んなわけねえだろ」

 茶化して言ってみても、シリウスは真面目な声調で返してくるだけだった。
 ジェームズは飴のつつみを外しながら続けた。

「彼女何も考えてないと思うけど」
「そうだとしたらとんだド天然だな」
「何心配してるのか知らないけど、好きにさせたら?」
「何かあってからじゃ遅いだろ」

 ああ、やっぱり嫉妬か。とジェームズはシリウスを見て思った。
 今まで大切にしてきたリーマスを取られるのが怖いんだ。
 そう思ったら、この仏頂面もかわいらしいものに思えて、ジェームズは笑みをこぼした。

「彼女の何を怖がるんだ。見た感じ身長は下の下、その他平々凡々、普通の中の普通、トリプルBって感じだけど」
「怖がってなんかねーよ!ムカつくだけだし」

 そう言うとシリウスはむっとした顔になって、バスケットの中に適当に手を突っ込んでバリバリと菓子を頬張った。
 シリウスがこんな心配症な一面をみせるとは思わなかった。
 確かに、どこに敵が居るかは解らない。用心深くしているには越したことはない。

「もちろん、何かあったら僕だって許さないさ」 


 次の満月は、ハロウィンの夜だ。

(2016/1/11)
  

(次回ハロウィン…と思いきやクリスマスの話題に飛びます。つつがなく終わったらしい満月の夜。)
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