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「あー、もう!どうして!」

 前回この窓を開けたのはいつなのか、窓に口があれば聞いてみたいものだ。
 引っ掛けるだけの簡単なつくりの鍵は、錆び付いていてなかなかはずれそうもない。
 窓をガタガタ揺らすと、何年も降り積もった埃が舞い上がって咳込んだ。

「くそ、このオンボロ」

 こうなったら力ずくだと、窓に全体重を乗せて窓を何度も叩いた。

「アロホモーラ」

 後ろから涼し気な声がした。体重を乗せた窓が嘘みたいに簡単に開く。私の体は勢いのまま窓の外に飛び出していこうとした。

「え、あえっ…!?」

 寸前で私を後ろに引く力がかかって、私は必死に窓枠を掴んだ。
 崩れた木枠がパラパラと落ちて見えなくなる。危うく死ぬところだった。冷や汗が頬を伝った。

「何してるの?」

 窓枠を掴んでほっと一安心している私に、黒い髪の少年はバカでも見るみたいに私を見下ろした。
 彼が私の腕をとって支えてくれたみたいだ。

「ありがとうレギュラ……じゃなくて!いきなり開けたら危ないでしょ!?」

 それくらいわかるでしょ!?とぷりぷり怒る私に、彼は大事はなさそうにさっさと机の埃を払って椅子に座った。
 毎週土曜日の魔法薬学の自主勉強会は、昨日のホグズミード行きで潰れてしまったので、日曜日の今日開催された。
 再履修の一つ下の学年の授業で彼とは出会った。
 壊滅的な成績の私に、先生の良き計らいで成績優秀な彼と共に勉強をさせてもらえることになったのだ。

「どちらにしろ同じ結果だったと思うけどね。君、何故魔女なのに杖使わないの?」

 理解できないとでも言うような口ぶりで彼は言う。

「そ、それじゃ意味無いの」
「ふうん」

 彼はいつもそうだ。聞くくせにそっけない反応しかよこさない。興味無いけど一応聞くんだろう。

「ていうか、寒いでしょ。もうすぐ11月ですよ。何故窓を開けるの?」
「いいの、換気! ここは空気が汚いの」

 子供みたいに言う年上のはずの私に、レギュラスは納得出来ないという風な顔をするけれど、窓をしめたりはしなかった。

 レギュラス・ブラックはシリウス・ブラックの弟。それを本人たちに話をふったことはないけれど、それくらいは知っていた。
 黒いつやつやした髪に整った顔。シリウス・ブラックの顔をまじまじと見た事はないけれど、やはり、どことなく似ているような気もした。

 でも、性格は全然違う。

 レギュラスは冷ややかな目をするし、人を蔑むような言動が多いけれど、別にそれは苦ではなかった。
 それは、私がバカでおっちょこちょいで、毎度魔法薬学の授業では迷惑をかけているという負い目からかもしれないけど……。
 でも、決して優しさが無いわけじゃないのは分かっている。
 こうやって文句も言わずに毎週時間を割いてくれるし、何しろ、人の弱みをぐりぐり抉るような酷い言葉は投げかけてこない。

 昨日のホグズミードから、私はシリウス・ブラックやリーマス・ルーピンを避けに避けて生活していた。
 避けるほど接点の多い生活は今までだってしていなかったけど、夜遅く帰ったり、談話室に残ったりは絶対にしないようにしていた。

 昨日送れなかった手紙は、今もスカートのポケットにつっこんだまま、奥でぐしゃぐしゃに丸まっている。


 思い出す度に、シリウス・ブラックの辛辣な言葉がぐるぐると頭のなかで何度も何度もループした。


「こら」

 ぽこ。という音がして、頭に軽い衝撃が走った。

「集中してないでしょう」

 レギュラスが丸めた教科書で頭を叩いたらしい。
 上の空でペンが止まっている私に気づいたのだろう。

「はっ。ごめんなさい」

 背筋を伸ばし直すも、興味も無い理解の追いつかないレポートの内容は、シリウス・ブラックの嫌な声にはじき出されてしまう。
 頭のなかのシリウス・ブラックと格闘しながら、私のレポートは遅々として進まないのだった。

「う〜ん」
「やる気無いなら僕帰りますよ」

 しばらくすると、レギュラスがしびれを切らしてそんな事を言ってきた。

「えっ。あ、う〜ん」

 もやっとする返答にレギュラスは右眉を釣り上げた。

「どうしたいんですか」
「帰って欲しくは、ない……けど、このままだと迷惑かけるし、う〜ん……」
「面倒くさい人ですね」

 もう完全に思考能力ゼロに近づいた私は相手を気遣う事すらできなくなっていた。

「じゃ、なんですか。話して」
「話す?」
「何か悩み事ですか? それは来週まで引きずる? 今日一日お休みしたら解決しますか」
「あ……」

 そうだよね。
 レギュラスは私のためにわざわざ時間を作ってくれてるんだ。
 当の本人にやる気が無いなんて、彼にとってはいい迷惑だろう。

「ごめん、やっぱり今日はお休みします」

 私が言うと、レギュラスは不服そうに口をへの字にしたが、荷物をまとめてさっさと立ち上がった。

「そういう答えは期待してなかったんですが。まあいいです」

 え、私何か間違っただろうか。レギュラス、怒った?
 私なりに気をつかったつもりだったのだけど、彼の期待には添えなかったということだろうか。
 レギュラスの期待って?

 だめだ。私の無い頭では、コミュニケーションも上手くできない。
 ブラックの言うとおり、私は節操無しで、それでいて人並みにコミュニケーションも取れない人間なのだろうか。
 そしたら、もう私はどうやってこの世の中を行きてゆけばいいの。
 誰かに迷惑をかけることしかできない。

 空き教室を出て行こうとするレギュラスは、寸前で立ち止まり、私に声をかけた。

「君はバカなんだから、一人で考えこまない方が得策でしょう。僕には話せないなら、他に話せる人に」
「う、うん!」

 それだけ言うと、レギュラスは背を向けて教室を出て行く。
 心配、してくれていたんだろうか。少し口元がほころんだ。
 やっぱり話をするべきだろうか。みんな、私の恋の相談なんか興味を持ってくれるだろうか。
 お昼の時間に、みんなに話をしてみようかな。





 昼食の席はなんだか大荒れ模様だった。
 昨日以上に泣きはらすリオナに、その背中をさするサリー。リリーまで熱心になぐさめてあげている。

「ど、どうしたの?」

 状況がつかめない私に、三人はぽつぽつと話しを始めた。

「色々言ったけど、要するに、リオナの元カレが別の彼女を作ったのよ」

 私は彼女になんて言葉をかけてよいのやら解らなかった。
 リオナは、恋人だった人と何度も喧嘩してはくっついたり離れたりしていたけれど、でも結局はくっつくものだとばかり思っていた。
 どんな結末になるのかは、全くわからないものだな。

 部屋に戻ると、リオナはたくさん色んな事を話した。
 恋人の好きだった所、嫌いだった所、でも、やっぱり一緒に居たかったということ。
 私は片思いのままで止まっているから、彼女の言う事は想像でしか共感はできないけれど、一生懸命聞く事に専念した。
 レギュラスは私に話せと言った。リオナは、レギュラスに何も言われなくても自ら話をしている。
 きっと、彼女たちは傷の癒やし方を前から知っていたのだ。
 だからなんどくじけても、立ち上がって、傷ついても、立ち上がって、前に進めるのだろう。


 けれどそんなこんなで自分が話すタイミングを失った私はどうしたら良いのか迷っていた。
 今、傷心中のリオナが居るのに、自分の話をしだすなんて事はできないし、かといってレギュラスに聞いてもらう内容ではないように思える。

 手紙はまだポケットの奥に沈んでいた。



 夕方、私は外に出て梟小屋を訪ねてみた。
 もしかしたら、手紙を出してしまった方が心がすっきりするんじゃないかと思ったのだ。
 学校の梟小屋は糞だらけで寒くて、郵便局とは違った雰囲気だった。
 私は梟を持っていないから学校の梟を借りなくちゃいけないのだけれど、借りるにも先生に申請をしなくちゃいけなくて面倒だ。
 そういえば手ぶらで来ても何も出来ないんだったこと思い出して、私はただぼうっとフクロウたちを見つめていた。

 おもむろにポケットに手を突っ込んで、シワだらけの手紙を取り出す。
 こんな皺くちゃな手紙届いたら、ディックどんな顔するだろう。心配するかな。やっぱり、書きなおして、ちゃんと申請してからまた来よう。
 内容も、どんな事を書いたっけ。恥ずかしい内容じゃなかったかな。

「手紙、出さないの?」

 突然声をかけられた。声の主は、また、彼だった。

「ルーピン」
「リーマスでいいよ」

 今日も、今から突然倒れこんでしまいそうなほど顔色が悪い。日に日に体調が悪くなってるんじゃないだろうか。

「よく会うね」

 避け続けていた人と出会っているのに、なんとなく心は穏やかだった。
 彼の顔を見たら、何故か安心した。

「出て行くのを見たから追いかけたんだ。昨日のこと謝ろうと思って」
「なんでリーマス、が謝るの? むしろ、助けてくれてありがとう」
「助けれてはないだろう」

 彼は本当に申し訳無さそうに言う。自分が本当に悪いと思っているようだった。

「手紙、出しなよ」

 あ。と思った。
 その言葉だ。
 私、ずっとその言葉を誰かに言ってもらいたかったんだ。
 いつまでも追いつかない背中を追いかけていたけれど、その事すら友達に相談も出来ないでいた。
 私、ずっと誰かに応援されたかったんだ。この道を、ずっと走っていていいんだと、思いたかったんだ。
 ポケットで丸まっていた手紙は、私の心そのものだった。

「出して、いいのかな」

 今にも泣き出しそうだ。リーマスの言葉を心では嬉しいと思ってるのに、涙が出そうで、きっと今すごく微妙な顔をしてるだろう。

「私、大丈夫かな。リーマスの事、そんなふうに思ってないかな」

 今、頭のなかは真っ白なのに、不思議と勝手に口が動く。
 言葉が溢れると、釣られて涙までぽろぽろと落ちてきた。
 ブラックの言っていた事が本当だったらどうしよう。
 無意識のうちに、リーマスをディックに重ねて隙間を埋めようとしていないだろうか。

 そんな私に、この手紙を出す資格は本当にあるだろうか。

「いいよ」

 リーマスが、私の丸まった背中を擦った。
 優しい声。温かい手。
 彼は甘やかすのが上手な人だ。


「そう思っていたっていいよ」

(2016/1/1)
  
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