九月一日から十月のホグズミード行きまでの間に、リオナは彼氏と一度付き合いはじめ、二度別れた。
 ちなみに三度とも全て同じ人物である。
 恋の波乱とは果たして面倒くさいものだなと彼女を見ていると実感させてくれる。
 人の事なんて文句の言えた立場じゃなけれど、私が大切なのは私の心の平穏だった。

「うぅ〜くそぉ〜あの男、絶対ゆるさん〜」

 バタービールのジョッキを机に音を立てて置くリオナはいつもより十倍おじさんみたいだ。

「はいなはいなお嬢さん。みっともないからおやめなさい」

 机に突っ伏して泣き喚こうとするリオナをサリーが優しく助け起こした。
 昨日も散々泣いたけれど、今日のホグズミードでまた彼の姿を見つけたらしくて泣き上戸に戻ってしまった。

「せっかく来たんだから、泣いてないで楽しく買い物しましょうよ」
「うーごめんね、みんな、ほんとごめん」

 そう言ってひくひく泣く彼女には皆苦笑いで返すばかりだった。
 一波終えたリオナが、ふうと一息ついた後に言った。

「……クリスマス、どうしよう」
「もうクリスマスの事考えてるの? ハロウィンもまだなのに」
「だって〜」
「その頃になったらまたより戻してるんじゃないの?」
「もうそんなことありえないもん!」

 リオナは失恋する度に何度も立ち上がっていて、こうやって元気にやってるんだから凄いなと改めて感じた。
 もし自分だったら立ち直れない。
 ポケットに忍ばせた手紙を指先で触れた。
 ちゃんとある。昨日書いた手紙。宛名はまだ書いてない。
 落として誰かに拾われたらと思ったら無駄に用心深くなって書いてこなかった。
 誰も私の出す手紙の宛名など気にはしないのだろうけど、でも、なんとなくこの手紙を送る事自体がいけない事のように思えてしかたなかった。

「さぁ、リオナも落ち着いたし、買い物でもしますか」

 三人で席を立って、私たちはホグズミードの街へと出た。

「やっぱ、最初はハニーデュークスかな!ね!」

 お菓子好きのリオナはさっきまでのべそかき顔はどこへやらご機嫌に歩みを進める。
 ホグワーツ生でぎゅうぎゅうの店内を見て私は足を止めた。二人はそんなことは意に介さない用で、ずかずかと人混みをかき分けて入ろうとしている。
 私も後ろにつながろうかと思ったが、毎回人の波にもみくちゃにされるのと店内の甘い香りに気持ち悪くなるだけなのを思い出して踏みとどまった。

「私、羽ペン買ってる!二人はごゆっくり!」

 どんどん店内に入っていく二人に大きな声で呼びかけると、背の高いサリーが指を丸くしてサインを送ってくれた。
 もしかしたら、この隙に郵便まで送れちゃうかもしれないな。

 スクリベンシャフトに入って、いつも使っている羽ペンをさっと買うと、すぐに店を出て郵便局に向かった。
 背の高い建物の上までびっしりと梟がとまって眠たそうにしている。
 丸い木のテーブルのうえで、新しい羽ペンにインクを浸した。
 覚えてきた住所を、封筒の裏側に丁寧に書き綴る。
 そして、彼の名前、ディックと――書きおえたその時だった。すっと伸びてきた手に引かれて、羊皮紙の封筒が頭上高く登っていく。

「あっ」
「えーとなになに……ディック・オークス様」
「か、返して」

 私の手紙を盗んだのは、シリウス・ブラックだった。
 手を伸ばして取り返そうとするが、背の高い彼に届くわけもなく、短い腕がぴろぴろしただけだった。
 このやりとり、小さい頃から数えると何度やられただろう。チビの宿命なのか。
 しかもなんでこの人なんだろう。彼を見た瞬間に泣きそうになる。
 この男には何度恐ろしい形相で睨まれた事だろう。私の事を嫌っているに違いない。それなら関わってくれなくても全然いいのに。

「ディック、ディック、思い出したぞ。去年まで居た監督生のディックだ」
「そ、そうだよ」
「あ〜あ。そういうこと。ふ〜ん」
「い、いいでしょ。返して」
「あともう一つ思い出したぞ。ディックの事を好きだったやつの話だ。そいつはディックが好きで好きでどーしようもなくて、接点を作るためにわーざわざ消灯時間遅れてグリフィンドールの大切な大切な得点を毎晩のように減らしていたそうだ」

 シリウス・ブラックの白々しい声に、私の体がかーっと熱くなるのを感じた。
 どうしてその話を知ってるんだろう。いや、きっともうグリフィンドール中に知れ渡ってる話なんだろう。
 だって、私はあまりにも馬鹿面で、毎日へらへらしていたのだから当然か。
 そう、恋をしていた自分はこの世で最も愚かな生き物だった。
 盲目的で、それでいて臆病で、周りのことなど何も見えていない。後先の考えもない、自分の中だけで広がる恋愛ストーリー。
 相手の事だって、きっとなんにも見えていなかった。

 だから、私は今こうやってこそこそと手紙を出そうとして、彼にからかわれているのだろうか。

「返して」
「まさかお前じゃないよな?今の監督生はリーマスだ。だってお前、リーマスが監督生でも遅刻するもんな」
「返して」
「まさか、ディックに振られたからって、リーマスにお乗り換えか?」
「はやく返して!そんなんじゃない!」

 自分でもびっくりするくらい大きな声が出ると、ふくろうが何羽かばさばさと足場を変えて、ブラックが口笛を吹いた。

「シリウス。その辺にしたら?」

 突然、別の声がしたと思うと、ブラックの背後から手が伸びて私の手紙を彼の手からすっと抜き取った。
 その声で誰だかすぐわかった。リーマス・ルーピンだ。
 今の会話、聞かれていただろうか。彼も、今シリウスが言っていたような事を思っていたんだろうか。
 恋に敗れて、別の拠り所を探す、惨めな女とでも思っていたのだろうか。
 まともに彼らの顔が見れなかった。

「はい。どうぞ」

 俯いた視界に、私の書いた手紙が差し出された。ブラックが引っ張ったせいで、最後の文字から黒く長い線が伸びてしまっている。
 私はそれを奪い取ると、何も言わずに踵を翻して郵便局から飛び出した。

 恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が吹っ飛んでしまいそうだった。
 誰も居ないところに行かなくちゃ。心のなかがぐちゃぐちゃだった。今どんな顔をしているかわからない。こんな顔、誰にも見せられない。
 









 僕には、彼の行動がよく理解できないでいた。
 郵便局の人たちに睨まれて僕とシリウスはいそいそと郵便局をあとにした。
 不機嫌そうに歩くシリウスの横顔は何を考えているのか読めない。

「どうして彼女にそんなにつっかかるの?」
「俺はあーいう暗いヤツが大っ嫌いなんだ。ネチネチしやがって。今だって何しようとしてたか見てたか?ディックに手紙だぞ、手紙!」

 それの何がいけないの? とは聞けなかった。

 大きな紙袋を抱えたジェームズとピーターに合流して、また四人で歩き出す。
 シリウスがイライラしているのを察したのか、ジェームズは目配せで僕に聞いてきたが、知らないふりをした。
 ジェームズまでをターゲットにしだしたらとても悪戯じゃ済まない結果になりそうだ。
 今だってさんざん、あの小さな体の女の子の気持ちを無残なものにしたっていうのに。

 さっきのシリウスの行動には怒りすら覚える自分が居たが、彼にも彼なりの考えがあるのだろうと思うと、自分の気持ちだけをぶつけるのには気が引けた。
 具体的な意味はあまり見いだせないけれど、薄く感づくものはある。
 でもそれは多少なりとも自分の自惚れになり得たし、それが本当であれば、僕にとっては少々不都合なものだった。

 買い物を終えて、いつも通り三本の箒で足を休める。
 次の悪戯の話。リリー・エヴァンズの話。魔法の話。スネイプの話。僕らの間の話はだいたいこの辺をループしていた。
 ジェームズが話しはじめて、シリウスが茶々を入れる。僕に意見を聞いて、ピーターがうんうんと頷く。
 僕にはこれが心地よいと思えた。なんども同じ場面を見た気がするけれど、同じ場面をもう一度見れた事に僕は何より感謝する。

 僕は今この生きている場所が、全て僕の為に用意されているということを絶対に忘れたりはしない。

「あ、リリーだ!」

 ジェームズが店の窓から目ざとく見つけたらしく、ガタガタと椅子をのけるとさっそうと出て行ってしまった。
 買い物疲れした僕ら三人は立ち上がる気にならずに頬杖をついたままジェームズの背中を見送った。

 ジェームズの行った先には確かに綺麗な赤毛をしたリリーの姿が見えた。その周りに居るのは、が良く一緒に居る二人だった。
 もしかして、と思ってさらに探すと、他の人よりも頭ひとつ小さい所に、彼女の姿が見えた。
 窓を背にしたシリウスは、彼女達が居ることには気づいていない。
 彼女は最初はジェームズの登場にこわばった顔をしていたが、ジェームズが何か面白い事でも言ったのか、子供みたいな笑顔も見せた。
 
 なんだ。案外平気そうじゃないか。
 女の子ってやっぱり強かなんだな。


 立ち去っていく彼女達の姿を見送って、僕はまた視線を臥せた。

(2016/1/1)
  
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