なんで私ってこんなにバカなんだろう……。

 あぁ、まさか今年も魔法薬学再履修になるなんて思わなかった。
 去年は三年の分と四年の分両方受けて、三年は合格したが四年は落としてしまった。
 今年も他人の二倍あのじめっとした地下室で薬のお鍋をかき回さなくちゃならないなんて、なんてつらい青春だ。
 しかし、五月には人生を左右するふくろう試験があるのだ。
 今年はなんとしても両方の単位をとらなくちゃいけない!



 土曜日、魔法薬学の自習から寮に戻ると、ちょうど新入生軍団がぞろぞろと出てくる所に出くわした。
 そういえば、入学して三週間くらいは毎週末広い城の中をちょっとずつ案内してもらったっけ。
 今じゃもう慣れてしまったけど、入学した時はこの怪しげな感じも不思議な感じも全部新鮮でわくわくしていたっけな。
 目をキラキラさせながら、かわいい新入生達がわいわいと寮を出て行く。
 最後の子が出て行くところを見て、自分は中に入ろうとすると、ふいに腕を掴まれた。

「何してるの? 早くいかなきゃ!」
「えっ。え!?」

 有無をいわさずその子はすごい力で私の袖を引っ張りながらずいずいと進んでいった。

「あーあ。完全に出遅れ。最後尾だね」

 私の袖を引っ張った子はあっけらかんとそう言った。
 ま、まさか、私新入生と間違われてる……?
 確かに、身長は低いけど。でも、でも一応五年も生きてる時間が長いのだから、それなりの、それなりの……。
 自分に慰める言葉も思い浮かばない。
 良かれと思って私を引っ張ってくれた子にがっかりさせたくなくて、肩を落としながらも仕方なく列に並ぶことにした。

「今日は南塔へ案内するわね。道が狭いし、そうね、ふた手に分かれましょうか」

 聞き覚えのある声にはっとした。そういえばこの案内をするのは監督生のはずだ。
 確かに遠目に彼女の赤毛がよく見えた。その隣はよく顔は見えないけれど、多分リーマス・ルーピンだろう。
 あー、バレたら大笑いされるんだろうな。
 後ろの方に居てばれないようにしなくちゃ。

「ねえねえ、あの二人付き合ってるのかな?」

 突然、私を引っ張った子がわくわくした顔でこそりと話してきた。
 リリーとルーピンがまともに話をしているところを見たことはないけど、多分ジェームズ・ポッターよりは好意はあるんじゃなかろうか?
 二人のことをまともに知らない私が言えるのはそれくらいなものだった。

「えーと。それは、どうなんだろう?」
「どうなんだろうねえ、でもあの監督生かっこいいよねえ。」

 そうか。ルーピンって格好いいんだ。そんな風に見たことなかったから、なんか目からウロコな気分だ。
 ちらりと隣を見ると、楽しそうにくすくす笑う女の子。
 この子はまだきっと何も知らないんだ。

「そう、だね」

 彼女の姿が昔の自分にたぶって胸が締め付けられた。
 未来の事など何もしらないで、ただ今の感情にどきどきしたり、わくわくしたり。
 かつての自分そのものだ。あの時の私に言えるならば言ってあげたい。

 傷つく前に、早く逃げなよ……って。





「じゃあ、後半のグループは僕についてきて」

 半分に分けられたことで監督生との距離がぐぐっと縮まってしまった。
 私は必死に目を伏せながら進まなくてはいけなくなった。

「やった。ラッキーだね」

 はは、ほんとにラッキー。
 五年生にもなって校舎案内してもらえるなんて、これで絶対迷わないや。

「ここの掃除用具入れは絶対に開けちゃダメだよ。暴れ箒が入っていて、掃除どころかそこらじゅう汚して回るから」

 さすが、城内の事ならなんでも知ってる悪戯仕掛け人だ。
 細かいところまでリーマスは案内をして回っていた。

「南塔は一年のうちは使わないけど、三年生から使いはじめると思う。けど、案内は今しかしないからよく覚えておいてね」

 一部屋一部屋、何の部屋なのか、入っていいのかいけないのか、私の知らなかったことまで説明してくれる。
 それに、ルーピンがこんなにたくさん言葉を話すのを初めて聞いたな。
 新入生たちも熱心に彼の話を聞いている。
 いつもやる気の無さそうな人だと思っていたけど、思ったよりちゃんとやるんだなあ。
 具合の悪そうな顔色はいつものことだけれど、ところどころ笑いかけてちゃんと"先輩"している姿が珍しい。



 ばれないようにうつむくのを忘れて、ルーピンの説明に聞き入ってしまっていると、彼の後ろから別の生徒が歩いてくるのが見えた。
 私はその姿にぎょっとして、思わずまた顔を伏せた。

 カツカツと革靴が鳴る音が近づいてくる。
 早く去れ、早く去れ、と心の中で念じると、ふと足音が止まる。まさかと思い顔をあげると、すぐ側に見知った顔がこちらを見下ろしていた。
 ばっちりと視線が合ったあとで、私は手で壁を作って彼から顔が見えないようにそっぽをむいた。
 それにむっとしたのか、彼は私の顔を覗き込もうと少しかがんで顔を寄せてくる。

「君、今は校内案内の途中なんだ。新入生にちょっかい出すのは後にしてもらえるかな」

 ルーピンが穏和に注意すると、彼は私の顔を見るのをやめて背筋を伸ばした。

 ああ、やっかいな事を言ってくれた。ああ、顔から火が出そうだ。
 どうしてよりにもよって知り合いにこんなところ見られてしまうんだろうなあ。

「……新入生」

 ちらりと見上げると、緑のネクタイを締めた彼はぼそりとそう言って小さく吹き出した。
 新入生のなんだこの人という目に見守られながら、通りすがりの上級生は機嫌が良さそうに去っていった。
 私の方も悪目立ちしてしまった。ルーピンにバレただろうか。
 うつむきつつもちらりと顔をあげると、彼は何事もなかったかのように案内を続けた。



「じゃあ、最後に何か質問ある人は?」

 南塔ツアーも終盤、ルーピンは最初に見た箒がガタガタと中で暴れだす棚の戸をドンと叩いて静かにさせると、皆に向けて言った。
 ルーピンはあの後も何も言ってこないし変わった様子はない。やっぱり見つかってないんだろうか。
 しばらくは静かにしていた新入生だったが、ややあって一人が腕を伸ばした。

「あのぉー…。悪戯仕掛け人に悪戯されないようにするにはどうすればいいですか?」

 その質問を聞いて私は吹き出しそうになった。
 気の弱そうな男の子の重大な疑問だ。きっとルーピンが優しそうに見えたから、質問に踏み切ったんだろう。
 リーマスも半分笑いながら、新入生の質問に真剣に頭を悩ませた。

「困ったな。うーん、確実な方法じゃないけど"トリック・オア・トリート"ということで」
「お菓子を渡せばいいんですか?」
「ああ、そしたら多めに見てくれるかも」

 そうだったんだ。それはいいこと知ったかも。
 良い質問をしてくれた男の子に心のなかで盛大な拍手を送った。
 あ、お菓子といえば、そういえば――。








 はあ、酷い心労だった。もうこんな気分には絶対なりたくない。
 肩を落としながら寮に戻ると、一足先に戻ったらしいリーマス・ルーピンが談話室の窓辺に腰掛けて外を眺めていた。
 ルーピンが私の事に気づいていたのか、そうでないのか気にかかった。
 でもあの場に私が居ようが居まいが、彼にとってはなんてこともないささいな出来事かもしれない。

 きっと気づいてないんだ、と自分に言い聞かせて、ルーピンの視界に入らないようにこそこそと階段を上ろうとした時だった。

「Ms
「は、はいっ」

 思ったより元気な返事を返してしまった。

「君って新入生だったっけ?」

 その言葉に私はひどく落胆した。

「き、気づいてたんだね」
「なんであんなところに?」
「あー。アクシデントといいますか、なんというか」

 細かく説明するのも馬鹿みたいに思われたら嫌だと思って口ごもった。
 彼は訝しげにこっちを見ている。

「そういえば、スリザリンの彼、知り合い?」
「え、あぁ、うん。まあ」

 あの最後に私を嘲るように笑って去っていったのは、午前中まで私の魔法薬学の勉強を見てくれていたひとつ下の子だった。
 ちょっと繊細な(?)ところがあるから、さっきまで一緒に居た私に無視されたのがムカついてあんなことしたんだろうな。
 今度会った時に謝らなくちゃなぁ。
 寮も学年も違うし、彼も多分嫌がるだろうから、彼については私は長く話さないようにした。


 私はルーピンに歩み寄ってポケットの中を探ると、中の一包を彼に差し出す。

「今日のこと、忘れてもらえると嬉しいな。あはは」
「なにこれ?」

 彼の手のひらに、チョコレートの小さなつつみがころんと転がった。

「トリック・オア・トリート、ということで」

 私はにへらとごまかし笑いをして、女子寮に逃げ込んだ。
 でも、なんだか私は気分が良かった。気づいてもらってよかったと思った自分が居るのだ。

(2015/12/31)
  
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