狼は孤独だった。
森の動物たちからは恐れられ、ずっと独りぼっちだった。
でも、狼は寂しくなかった。なぜなら、狼は生まれたときから独りなのが普通だったからだ。

それは、おおきな満月の夜だった。
狼は喉が渇いて小さな湖に出かけた。
いつも誰も居ないはずの湖畔に、誰かの声がするのを聞いて、狼は身を潜めた。
こっそりと茂みから覗いたそこには、月光に照らされて、見知らぬ少女が森の動物たちに囲まれて楽しげに笑っていた。
少女は月光のように美しい笑みを振りまいている。
狼は、その鈴のような声と、透き通るような肌に釘付けになってしまった。

それから、満月の夜になると狼は湖畔に出かけた。
そこにはいつもあの美しい少女。
狼は見ているだけで良かった。それ以上は望まなかった。狼は独りでいることに慣れていたから。

だがある時、少女が狼の金色の瞳が光のを見つけてしまった。
狼は少女と目が合った瞬間、少女の笑顔は恐怖に変わってしまうだろうと、そう思った。
けれど、少女は優しく狼に笑いかけた。そして、白い手で狼を手招きした。

狼は迷った。
けれど……、あの、あの少女が自分を呼んでいる。こんなに醜く恐ろしい自分を、受け入れてくれるかもしれない。

満月に照らされた湖畔に、狼はおそるおそる足を踏み入れた。

狼の黒く大きな影を見た森の動物たちは途端、騒ぎだし、一目散に森の中に逃げていってしまった。
その見慣れた姿に悲しげな目をする狼。
一人湖畔に残っていた少女だけが、狼に優しくほほえみかけていた。



これがだいたいのストーリー。
ここまで読んで、私は本を閉じて一息吐いた。
今原文を読み返してみれば見れば、童話とは思えない程繊細で幻想的な情景描写だ。
あたりはしんと静まりかえっていた。

「すごく素敵だわ。最後がとても気になる」
「ごめんね、ちょっと疲れちゃって」

リリーがそう言ってくれた。
そう言ってもらえたら、私が書いたわけじゃないけど、すごく嬉しい。読んでよかったかも。

「はっ。くっだんね」

ところが、思わぬ所から声が飛んできて、一瞬にして空気が凍らせた。
誰、今言ったの? 明らかに私の周りに集まっている女子の声じゃない。
談話室を見渡して驚いた。
すぐ後ろのソファにあの悪戯仕掛け人達が腰掛けている。
今言ったのは多分シリウス・ブラックか。なんだか機嫌悪そうだ。
ところが、今度は拍手が聞こえて、ジェームズ・ポッターが立ち上がった。

「いやあ、とても良かったよ。Ms! 君本を読むのがとても上手だ」

ず、ずっと聞いてたの? なんで気づかなかったんだ、私……。急にはずかしくなって私は顔が熱くなってきた。

「それで終わりじゃないんだろ? 今度はいつやるのかな?」
「おい、ジェームズ。俺はもうこんな事につきあわねーぞ」
「やれやれ。これだからロマンの無い男は。こんなんでなんでモテるのかねー」

また、聞く!?そんな事、彼らの前でできるわけないじゃんか。女友達でやっとなのに!
顔が爆発寸前で、私は女子のほうに顔を戻して、みんなに助けを求めた。
リリーはポッターの登場に快く思ってないみたいで、鼠の死体でも見るような目つきでポッターを見ている。

「全く、どうしようもないわね。あいつ。、気にしないでもう部屋に戻りましょ」
「あ、うん」

私たちはリリーにうながされて、まだ言い合っているポッターとブラックを残して女子寮に戻った。
でも、思ったより悪い人じゃなさそう。ブラックは怖いけど……。
なにげにポッターの言葉が嬉しいのかも知れない。私は月と狼の文字をなぞって少し微笑んだ。

ところが自分の部屋に戻って、自分のベッドの上に散乱している本を見て気分が落ち込んだ。
これじゃあ今夜眠れないじゃないか。私ばかだろ……。

「図書館の本は返してきたら?」

呆れ声でサリーが言った。

「まだ空いてるかな」
「急いで行ってきな」
「わ、わかった!」

私は手当たり次第図書館の本をかき集めた。あごのあたりに来るまで積み上がった本をよたよたと持ち出して談話室に降りた。
まだ言い合う声がする。ポッターとブラックか。
あはは。……どうやって通り抜けよう。
できるなら見つからずに通り抜けたいものだ。
と願ったのもつゆ知らず、階段からおりた辺りですぐにポッターに気づかれた。

「そんなに本持ち出してどうするの?」
「か、返しに行くの……。部屋に一杯になっちゃったから」
「へえ〜。今日は減点されないようにね」

ポッターはにこやかに言う。……はは、仕掛け人に言われたくないけど。
心の中で呟き、私はぎこちなく笑い返していそいそと寮の出口に向かった。
背中でドアを押し開けて、寮から出ようとしたとき、ふっと体が中に浮いた。
まずい。そう思ったときにはどうすることもできなく、私の足は段差を踏み外して私は背中から倒れていた。

「きゃああああ」

私の悲鳴と共に寮のドアが静かに閉まる。
の悲鳴がかすかに響いた談話室では、ジェームズとシリウスが顔を見合わせた。
ジェームズはぷっと吹き出して、シリウスは眉根を寄せる。

「なにやってんだ、あいつ」
「リーマス?」

その時おもむろに、リーマスが読んでいた本を閉じて立ち上がった。

「どこに行くんだ?」
「ちょっとトイレ」





最悪だ……。今日は厄日か。
打ち付けた背中をさすり起きあがって、散らばった本を一冊一冊拾い集めていながら、半泣き状態だった。
ぐすぐす言いながら全て本を拾い上げ、どっこいしょと立ち上がった。
しかし多いなあ。我ながらよくこんなに借りたもんだ。どれもみんな読みかけで、また借り直すのが面倒そう。
足下が見えないし。階段でまた転ばないように気をつけなくちゃ。図書館に向けて歩み出そうとしたその時、頭に何かが乗っかった。
なんだと思って見上げると、そこにリーマス・ルーピンの顔があった。
また本を取り落としそうになったが、すんでの所で我慢する。

「えっ?!」
「落ちてた」
「え?!……あ、ああ!」

ルーピンが私の頭に乗っけているのは、確かに私の本だ。
私の悲鳴をききつけてやってきてくれたのかな、恥ずかしい!ルーピンは至って無表情だったが、私は少しドキリとしてしまった。

「ご、ごめん。乗っけてくれる? 手、つかえなくて」

へへ、と笑ってお願いすると、頭の上の本が消えて、ルーピンの手が私の抱える本の山に伸びた。
これ以上大丈夫かな。あと一冊くらい大丈夫か。と思っていると、視界がすっと広くなって、腕への負担が半減。
無くなった本はどこへ行ったのかというと、ルーピンの腕の中にあった。

「あ、あの……?」
「僕も丁度本読み終わったから、図書館に行くところ」

あ、なるほど。
ルーピンは自分の持っている本を見比べている。

「持ってくれるの?」
「この本僕も読みたかったんだ」
「そ、そう」
「ずっと誰かに借りられてて読めなかった」
「いっ。ごめん」

無表情で言ってくるルーピンの言葉が痛い。
それから、ルーピンは何も話さなくて、私も話題が見つからなくて、沈黙が図書館まで続いた。





「あ、あの。ありがとうございました」

図書館から出ると、ルーピンにぺこりとお辞儀をした。

「また減点されると困るからね」

ルーピンはただそれだけ言って歩き出した。
そうやって言うけど、本を返すところまでやってくれたし、結構いい人かも。
私はくすりと笑ってルーピンの後を追った。
また沈黙だらけの帰り道。いい人だけど、なんだか一緒に入るには棘を感じるな。なんでだろ。

「さっきの話だけど」

おもむろにルーピンが口を開いた。

「さっき?」
「狼の……」
「あ、ああ」

ルーピンも聞いていたのか。私は顔がカーッと熱くなった。

「最後の方しか聞いてなかったけど」

あ、ああ。そうですか。

「その後、どうなるの? 狼……」
「あ、えっとね。それから、狼は女の子と仲良くなるんだけど、森の動物たちがそれを良く思わなかったの。それで、動物たちは女の子を守るって言って、狼から女の子を遠ざけようとして」

ルーピンは聞いているのか聞いていないのかわからない。ただ前を向いたまま黙っていた。

「けど誰かのああたかさを知った狼には、どうしても女の子が必要で。森には誰も狼を理解してくれる人はいないから……」

その後、私がくちごもっていると、ルーピンが顔を私に向けてきた。

「あのね、この後の表現はすごい抽象的で何が起こったのかわからないんだけど……」
「何?」
「森の動物たちと狼は戦うんだけど……。最後は、“湖畔に誰かのなき声が響いた”で終わってるの」
「誰かの?」
「うん。多分読んだ人それぞれに終わり方があるんだと思うの。狼が死んだのなら、少女が泣いてるし、動物たちが死んだなら、狼が泣くんじゃないかな」

ルーピンは少し考え込むようにうつむいた。その目が今にも泣き出しそうに見えてびっくりしたが、

「どっちにしろ、悲しい終わり方だね」

そう言ったルーピンの目にはもう何の色もなくて、ただ無表情で無関心そうな目でそう言った。

「私、小さい頃は狼が生き残ったんだと思ったよ」

私がそう言うと、ルーピンは眉根を寄せた。

「一番酷い終わり方じゃないか」
「小さい時は、それで狼と女の子が結ばれてハッピーエンドだと思ってたの」

私は苦笑いした。小さな頭にぽっと浮かんだ結末は、とても残酷なものだった。
森の動物を殺した狼を、少女はきっと許さないだろう。
少女も、狼も、独りぼっちになってしまう。

「……僕は、狼が森の動物と女の子を食べちゃう、かな」

そう言ったルーピンの目に、また悲しげな色が映った。

「女の子まで?」
「ああ。狼は狼。女の子だっていつかは食べられてしまうと思うよ」

女の子も食べちゃうなんて、考えもしなかったな。
でも、それだってあまりにも悲しい結末だ。ついに狼はほんとうに独りぼっち。
優しさを知った後の孤独は残酷すぎる。

「私は……そうだなあ。狼が死んじゃうかな」
「……それが一番いいかもね」
「ただね、狼が湖に自分で飛び込むの。森の動物たちの手は汚れないでしょ」
「狼がそんな事する?」
「するよ。狼は優しいから」

私が笑って言うと、ルーピンは少し目を見開いて驚いたような顔をした。
なんか変な事いったかな?

「きっと、最後は自分の幸せじゃなくて、みんなの幸せを願うんだよ」

それが、今私が考えられる中で一番幸せな終わり方。
……残された少女が、一番辛いのだろうけれど。

(2010/8/24)
  
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