真田主従の幼少期。
戦国時代、武田が家臣真田昌幸の息子弁丸は、それはそれは野山を駆け巡るのが大好きなやんちゃ坊主であった。
武田信玄を「おやかたさまー!」と慕い、槍の鍛練に励みながら国の境まで爆走して過ごしておった。
その後ろには必ずと云って良いほど真田十勇士の隊長である猿飛佐助が控えていたものだから、昌幸は安心して息子をほっぽり出していた。
「若様ー!」
しかしいくら優れている佐助とて、元気すぎる弁丸の後を忍んでついて行くのは大変なようで、多々はぐれる事があったようだ。
「若様ー!何処にいらっしゃいますかー?!」
声を張り上げて山を探索する。ちなみに今居る山は甲斐と奥州の境でもある山だ。弁丸には土地勘は無いだろう。
「若様ー?!」
きっと自分とはぐれた事に気づいて居ない若様は暢気に山を駆け巡っているんだろうとあたりを付けて佐助は風を切るように走りつつ周囲に目を配った。
そんな佐助の心情など気にもしない弁丸は大地を感じ風を受けて木の音を聞き蝶々に目を奪われつつ自由気ままに木々を飛び移ると云っても差し支えの無い猿の様な動きで縦横無尽に駆け巡っていた。
しかし暫くすると体力も果て、喉の渇きを潤すために沢へ向かい滝壺へ顔を突っ込むように水を飲んだ。
そうしているうちにドッボーン!と大きな音と共に水が揺れるのを感じ、慌てて顔を水面へ出す。
「 ひ と ー ?!! 」
あまりの驚きに叫びつつもポカンとし、何事かと呆けていた。
しかし自分より少し大きいくらいの人間だと認識してからは救助すべく慌てて服を脱ぎ自分も滝壺へ飛び込んだ。
「みていてくだされぅおやたさむぁー!」
叫ぶ途中でうっかり水を飲んでしまったが、それでも構わずバッシャバッシャと浮かんでる人に近付いて行く。
そして漸く浮かんでる人へ追い付きガシっと服を掴んで岸へとまた泳ぐ。
「ぅおー!このべんまるっ!このていどのことでみずにながされるわけにはいかぬぅー!」
途中でやっぱり水を飲んでしまいガハッっとかゴホッとか云いつつも自分より二回りほどデカイ人間の服(首元)を掴んでわっしょわっしょと泳いで行く。
がんばれ弁丸!まけるな弁丸!自分で自分を励ましながらも漸く服を脱いだ場所に着き、ふーっと息を吐く。
「ぅおやかたさむぁー!このべんまる、やりとげましたぞー!」
下っ足らずな口調でガッツポーズ!岸に挙げたと云う達成感からか、もう既に助けた人は放置である。
「ぬっ、 すゎ ー す けぇ ー !!」
ありったけの大声で自分の従者を呼び、弁丸はいそいそと服を着始めた。すこし寒かったのであろう。
一方佐助はと云うと、山の中を掛け擦り回っている途中、「 ひ と ー ?!! 」と云う大きな叫び声を聞いて即座に発信源へ向かっていた。
「あんな声出す子なんて若様しか居ないでしょっ!」
ぶつくさと文句を言いつつも滝壺の音よりでかい声を出した発信源へと一目散に掛けて行く。
するとまたもや大声が。それも今回は自分を呼んでいるようだ。
「 すゎ ー す けぇ ー !!」
「若様、此処に」
弁丸に気付かれないように息を整えつつ所々水が滲みている服を着て髪の毛がベショベショな若様を見、その後ろでうつ伏せと云うバットコンディションな見知らぬ子供を見、「はぁー」っと溜息を吐いた。
「むっ、さすけよっ、このものをたすけるのだっ!」
暗殺を得意とする忍びに向って堂々と言ってのけた弁丸は「はやくするのだっ!」と急かしつつ自分が助けた人に近付いて行った。
「はぁぁぁぁー………(若様もそんな知らない人に安易に近づいちゃダメでしょっ!…とは言いだせない雰囲気だねぇ………)」
やれやれ、とでも云わんばかりの鬱オーラを発しつつも平らな所へ仰向けで寝かせ、呼吸と脈を確認する。
失礼ながら服を脱がせ、怪我がないかも確認をして擦り傷に特製の薬を塗った。
「ったっ!」
思いのほか薬が染みたのか弁丸が助けた子供は勢いよく飛び起きた。
しかし視界に人が入るや否や急におびえ出した。
「どうかされたのか?」
すぐに反応した弁丸は条件反射の様に顔をのぞき込み助けた人に尋ねた。
「っ……お前ら、だれだ?」
敵対心むき出しなこの少年に反応したのが佐助である。流石は真田十勇士の長、即座に弁丸を庇いやすい位置に出る。
しかし此処に居るのは世間の事など全く知らない純粋栽培御坊ちゃま弁丸。じゃまだと云わんばかりに佐助に蹴りを入れ少年に笑いかける。
「なにすんですか若様ー?!」
「このものがおびえておるではないか!」
即座に云い返して少年に話しかける。
「それがしはべんまるっ!そなたのなは、なんという?」
下っ足らずな口調で一っ端の文句を言い少年の返答を待つ。後ろで「なんで名前云うんですかー!?」と叫んでいる佐助は丸無視の方向だ。
「……………梵天丸…」
俯いて暗いオーラを出しながらも答えた梵天丸は何故自分がここに居て何故自己紹介をしなければならないのか軽く混乱しつつ相手を見やるため顔をあげた。
「ぼんてんまるどのは、なにゆえこのようなばしょに、おちてこられたのだ?」
いらいらオーラを醸し出しつつ武器を構える佐助、そんな佐助を戒めようと佐助の前に出る弁丸。
その光景を見て何かおかしいだろうと感じる梵天丸。
しかし質問された以上は答えなければならないと思考を切り替えて返答する。
「暗殺されかけて塞ぎ込んでた所を、小じゅっ……家臣に気分転換だと連れ出されて山に来たんだが足を滑らせて川を流れる羽目になった。」
イマイチ理解出来ない内容だったが、弁丸はニコニコと笑い「それではいえにかえれるのだな?!」と嬉しそうに喋った。
「さすけっ!このもののために、のろしをあげてやるのだっ!」
狼煙とは本来、味方同士での合図だから意味が無いんじゃ…と思った佐助だが、異変が有ればすぐに来るだろう。と思いなおし若様の云う通りに準備を始めた。
「……………おい、いいのか?」
意味が無いと理解している梵天丸は笑ってる弁丸を無視して佐助に聞いてみた。
「まぁ敵がいると思われても武士ならここに来るでしょ。俺たちはその前に退散するさ」
その言葉を聞いて納得した梵天丸は狼煙が上がるのを見やってから弁丸に向って言葉を発した。
「Thank you.お前はもう帰れ。お前、ここらの子じゃないんだろ?」
此処は一応奥州と甲斐の境の筈だから弁丸が居ても良い気がするが若干奥州に入っていたらしく弁丸は頷いて佐助に向って云った。
狼煙を上げた佐助は弁丸突撃砲を食らった後、「じゃあ今日は帰りますからね!」と云って指笛でカラスを呼んだ。
帰りは空から行くらしい。
「ではぼんてんまるどのっ!さらばでござるー」
「アンタもちゃんと帰るんだよ」
そうして今日の走り込みを終えて弁丸は敬愛すべきお館様と父のもとへ帰って行った。
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AluluLakaの癒慧さんに無理を言って書いて頂ました。
癒慧さんありがとう!(AUG)