うさぎ飼育日記
「これは一体なんですか?」
「ああ、それね。当番終わったら動物の様子書いて。お前もな」
「あ、私も書くんですか?」
「うん」
「…じゃなくて!」
表紙の端が千切れたり、角が擦れてまるまってたりする古ぼけたノートを先輩の目の前につきつけた。
なにがだよ?と怪訝そうな顔をする元親先輩に私は怒濤の如く詰め寄る。
「このページ、“新入生が怖かった”って私のことですか?!」
「たりめーだろ!まだ痛いんだからな、鼻!」
「なんでうさぎの飼育日記に私のこと書いてんですか。他のページはみんなうさぎの事なのにっ!」
「なんかもうお前の事しか思い出せなかったんだよ。お前印象強すぎ」
「しかもこの下の方にある白目剥いた女のイラストはもしかして私!?殺されたいんですか?」
「ちょ、まてって、落ち着け。悪気はないんだ。お前印象が強すぎて」
「私いつ白目むきましたか!?そしてそれ以前の無駄に上手いうさぎのイラストがむかつく!」
見れば見るほどこの委員会はこんなんでいいのかと思う。
うさぎのイラストもリアルな感じじゃなくてミッ●ィーちゃんの目をどでかくしたアニメちっくな感じだし、
どのページも模様が違うだけでみんな同じに見える上に、みんなこっちを見ている。
下にちっさく名前が書いてあるのが救いだが、うさぎの名前全部把握してないから私にはわからない。
「悪いっていってんじゃん、そんなに怒んなよ…ってかこっちが謝って欲しいんだけど」
「そりゃっ私だって謝ろうと思って、お詫びに購買で一番人気のカレーパン買ったんですよ」
「マジかよ?そりゃあありがてえな」
表情がころっと変わって笑顔で手を差し出す元親先輩。
なんて現金な人だ…。と思いつつ鞄を開けてはっとした。
「あ、すみません。そういえば途中でお腹をすかせた真田幸村が居てあげちゃったんだった」
「お腹を空かせた子猫みたいに言うんじゃねーよ。くっそ…なんかもうなんでも良くなってきた」
「ですよね、私もです」
「お前は謝れよ」
出鼻は私が怒っていたのにいつの間にか元親先輩が怒っていて、感情が逆転している。
私はそりゃあすまない気持ちになっていたが、ここまで引っ張ってしまって謝りにくい。
一瞬沈黙が訪れてしまって、もっと言いづらくなってしまった。
だけど、謝るべきだとは心で思っているから…純粋な気持ちになれ、自分。
「そ、そりゃあ、あれはやりすぎたと思いますし、謝りますが…でも、
最初に私は動物嫌いって言ったのにあんな事した元親先輩にも少しは落ち度があると思いますよ?」
「あーはいはい。悪かったね」
「なっ…謝る気あるんですか?」
「お前に言われたかねーよ。てかおめぇはなんで動物嫌いなのにこんな委員会入ってんだよ?」
「担任が勝手に決めたって言ったじゃないですか!」
「じゃあ断ればいいじゃねーかよ!?」
「それができたら苦労しねーんですよっ」
「じゃあ、もうこなくていいわ。毎回あんな風にギャアギャア騒がれたら迷惑なんだよ」
「迷惑って…あんな毛むくじゃらの世話なんかこっちからお断りですよ!お母さんは世話しませんからね!」
「誰がお母さんだ!オレが息子か!先生には言わねーから、安心してさっさと帰れ」
「わかりましたよ!」
ああ、不味い。
私の平和主義の壁がどんどん剥がされていく。なんてことだ。
入学早々先輩と喧嘩かよ…。
しかも勢い余って飼育ノート持って来ちゃったよ。
教室から離れた廊下をとぼとぼ歩きながらノートをペラペラめくる。
どのページを開いてもも目のどでかいうさぎがこっちを見ている。
…ったく、なんでこんな耳の長い怪獣が好きなんだか。
一番新しいページには、うさぎじゃなくて黒目のない女が居る。
その下には私の字で“早くうさぎに慣れたいです”と走り書き。
上の先輩のコメント見るまでは、やるならやろう!と気合いを入れていた自分。
ああ、ばかばかしい。もう行かないならこんなコメント不毛すぎる。消そう。
「あー…、イライラする」
廊下を歩く他の生徒には聞こえないように呟く。
そこら辺にゴミ箱があったらけっ飛ばしたい気分だ。
でもよく考えると、行かなくて良いならもう動物とふれあうこともないし、私としては平和な学園が過ごせるというものだ。
なんだそれってすごく良いことじゃんか?
そうだよ、動物にさわれもしない私が行っても邪魔なだけだし。
「あれ、うさぎ当番は?今日ちがったっけ?」
放課後、部活に向かう準備をしていると百合子が訪ねてきた。
私は先輩との喧嘩を思い出しながら苦い顔で答えた。
あの言い合いからもう既に1週間が過ぎようとしている。
「うん。そうなんだけど…」
「行かないの?」
「私が行っても邪魔なだけだから。来るなって言われたし」
「そうなの?確かに、あんたに務まるとは思ってなかったけど」
「…ちょっと酷くない?」
「それでも嫌々やるんだろうなーて思ってたけど、追い出されたのかー。そっか。仕方ないね」
「うん…」
そういや飼育ノート返すの忘れてたな…。やばい。
でも元親先輩とは顔合せにくい。元親先輩の友達にでも渡せばいいかな。
…いや、待てよ?私元親先輩が何組なのかも知らなくない?
うっわぁ、どうしよう。
「どうしたの、?」
一人うんうん唸っている私を訝ったのか百合子が聞いてきた。
「百合子って長曽我部元親って知ってる?」
「そりゃもちろん」
「もちろん…?」
「まあ、細かいことは気にしないで。の周りの男子は大体把握してるだけだから」
「そうなの?なんで!?」
「そんな事はどうでもいいわ。で、その人がどうしたの?」
「元親先輩の友達って誰だか知ってる?」
「うーん…結構幅が広いからいっぱい居るわね」
「誰でも良いよ」
「特に仲が良いのは、同じクラスの毛利先輩かしらね」
「…という事で訪ねたのですが」
「その友達に言っておけ。長曽我部の奴がしつこいだけであって我とは何の関係もない」
「そ、そうなんですか?」
「それで、何の用だ。早くしろ」
「あっすみません。元親先輩に渡して欲しいものがあって」
「進物か?そういうものは自分で渡せ」
「ち、違いますよ。何言ってるんですか、叩きますよ」
「では何だ?」
「コレです、コレ」
私はバックから薄汚れたノートを取り出して見せた。
これがなんなのか毛利先輩は一瞬で把握したようで、手を伸ばしてくれたが寸前でぴたりと止めた。
「貴様飼育栽培委員か?」
「はい、できたら元親先輩に渡して欲しいのですが…」
「ならば当番の時にでも直接渡せば早いだろう」
「あー…ほら、アレですよ。と、当番の日違うので」
「何を言う、奴は毎日当番に行って居るぞ」
「え…?」
うわぁ嘘ばれた…
じゃなくて、毎日?先輩が行ってる?
「…なんでですか?そんな必要ないんじゃ」
そこまで行くと動物好きも度が過ぎる。もう変態でいいんじゃないかな。動物の変態で。
「飼育栽培委員は各学年3人ずついるが、ほとんどの輩は何もしていなからな。奴しかやる奴がおらん」
「そんなに居たんですか。でもなんで…」
「高校生にもなってうさぎ当番など、やりたいのはあの変態ぐらいだろう」
「確かにそうですね」
「お前は?」
「え?」
「お前は当番に行っているのかと聞いているのだ」
「…………」
思わず口をつぐんでしまった。その上目をそらしてしまった。
こりゃあ完璧にばれましたな。バカバカ、私のバカ。
「まあいい。あいつももう諦めてるみたいだしな」
ため息を吐いて毛利先輩が言う。
毛利先輩もなんだか諦めているようだ。
「わかった。我が渡してやろう。貸せ」
毛利先輩が手を伸ばし、私が抱えるノートを手に取った。
そうだ。
よく思い返してみれば、そんな事もっと早く気づけたはずだ。
あの飼育ノートには元親先輩の文字と絵しかなかった。
元親先輩だけが当番をしていなかったら、そんなはずはないんだ。
しかもあのページの量は、大分昔から一人でやってきたって事か。
ずるいな。
最高にずるい。
殴りたいよあの変態。殴っても気が収まりそうにない。
「すみません、先輩。やっぱりノート返して貰えますか」
「どうかしたか」
「自分で渡します。元親先輩に用ができたので」
毛利先輩からノートを受け取ると、毛利先輩に頭を下げて謝った。
「何故我に謝る」
「いや…なんか元親先輩に謝りたくないんで」
でも謝らないといけないのはずごく感じている。
だからって毛利先輩に謝るのは変な事だけど。
「ちょっと、あの動物好きを一発殴ってきます」
小走りで廊下を移動した。昇降口で靴を履き替える。ちゃんと靴がはけてないまま、走った。
もちろんうさぎ小屋まで。あの眼帯の動物好きが居るところまで。
やっぱり先輩はそこにいた。
しゃがんで小屋の中をのぞき込んでいる。
私には気づいてないみたいだ。
私は手頃な石を拾って元親先輩めがけて投げた。
「いたっ…なんだぁ?」
のっそりと大きな体をこっちに向けた元親先輩と目があった。
「なにすんだよ!」
「ばーか!」
「はぁ!?」
また二発三発と小石を投げる。
「ちょっ、おまっ…危ないから!痛いから!」
「やーいクロワッサン!動物大好きクロワッサン〜どうぶつの森にでも引っ越せ!」
「クロワッサンっていうな!小説でもそこには触れて欲しくなかった!」
「動物が大好きな貴方の今日の運勢は最悪。しつこくしすぎて嫌がられないように。ラッキーアイテムは牙の生えたうさぎ」
「いみわかんねえよ!なんなんだよおめぇは!」
「意味わかんないのは私ですよ。すっごいイライラしてるんですよ。穴でもあったら掘りたい気分なんですよ」
「意味も使い方も言葉も違うから!何しに来たんだよ、来なくていいっつったじゃねーか」
「私考えましたよ。これ罠でしょ?私が今ここに居るのは元親先輩がしかけた罠なんでしょ?」
「なにがだよ、さっきからホントわけわかんない事ばっか…」
「…なんで一人でやるんですか?」
「な、なんの話だよ」
「“あいつ…一人でずっとがんばってきたんだぜ”とか言われたら助けたくなるのが人間でしょーが!」
元親先輩はぽかーんと口を開けたまま私の怒った顔をながめている。
私はうさぎが居ることを忘れてずかずかと元親先輩に近づいた。
「はい、コレ」
「あ?…ああ」
ノートを先輩につきつける。
先輩はまだ状況の把握ができてない様子だ。
とりあえず受け取ったノートをぱらぱらと見ている。
「おいコレ…」
元親先輩が驚いた顔を上げた。
「なんかうさぎに牙が生えてるんだけど!」
「ふっふ。感謝してくださいよ。これで先輩の運気は最高です」
「んなわけねーだろ!きもいよ!こわいよ!もはや兎じゃないんだけど!」
「何言ってるんですか。高2の男子がそんな女の子みたいな絵を描いてたほうがきもいですよ」
「余計なお世話だ!」
怒った元親先輩が私に飛びかからんと立ち上がった。
うさぎの飼育ノートがぱさりと床に落ちて、一番新しいページが陽を浴びた。
そのページには黒目とまつげが書き足された少女のイラストに下に、
今までのページには見られない細い走り書きがされている。
“早くうさぎに慣れたいです”
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いい話にしたかったのですがなってますか?え、なってない?
元親ってなんかあれですよね。いじられキャラみたいな。
クラスに一人は居るような誰にでも好かれるけど扱い酷いみたいな奴ですよね。
少なくとも私の中ではそうです。
毛利が登場しましたがもうさっさと全キャラ出て欲しいものです。おじいちゃんとか抜きで。
なんでこうじわじわとしか出てこないんでしょうか。
私アニキより毛利の方が好きなのに。