「良い天気でござるなぁ…」
「そうだねー」
「今日のお弁当は何であろう?」
「幸村…さっき朝ご飯食べたばっかじゃん」

半ばあきれつつ私は言う。
隣を歩く幸村は弁当の入った鞄をおいしそうに眺めた。

朝の通学路でのなんの感動も生まれない平凡すぎる会話。
しかしこんな会話ができるようになったのはごく最近のこと。
正直私も驚いている。人ってこんなに早く変われるんだな、と。
その変化のきっかけが私は未だに納得できないが。


後に佐助さんから聞いた話だけど、こうした会話ができるようになったのは、
隣にいる熱血漢真田幸村の陰の苦悩と努力のお陰らしい。








目指せ仲良し奮闘記 前編








机にずらっと並んだたくさんの皿の上にはまたてんこ盛りのおかずが乗っている。
普通の家でこの景色を見たら十何人の客人を呼んで宴会でもやるのかと思うだろう。
しかし驚いたことにこのほとんどは武田さんと幸村でペロリとたいらげてしまうのだ。
大食いにも驚いたが、何故そんなに食べて幸村はすらっとした体型を維持できるんだろう。うらやましい。


その答えはおそらく彼の日課…。
毎朝私はお館ざばぁぁあ幸村ぁあああという騒音に起こされる。
なんと武田さんと幸村は朝っぱらからぶつかり稽古みたいなことをしているのだ。
これには始め腰を抜かしそうになったがもう慣れた。

幸村は朝からそんな事をしているのに学校でも元気に走り回っている。
そんな彼のパワーはたくさん食べるだけでなく、良く寝るというのもあるだろう。
彼の平均就寝時間9時。遅くとも10時には寝てしまう。お前は小学生か。
そんなに寝ているはずなのに、授業中は眠くなるようで特に国語の時間はもっぱら寝ている。
それは寝過ぎで眠いのか?


こんな感じの同居人兼クラスメイトの幸村の一日を見る中で私は思った。





「幸村は変な人だ」

「え?なんで、良い子じゃんか」


夕飯に呼ばれて部屋までの道で、私は自分の父に零した。

「口調とかは…なんかあの学校ああいう喋り方の人多かったからまぁいいとしても、
 あの朝の奴とか、お館さまお館さまな所とか、いつもデカイ声な所とか、高校生らしからぬ所とか…」
「そうー?可愛いじゃん、犬みたい」

父はケラケラ笑った。
父さんに解るわけ無いか。父さん自体奇特な人だもんな。
夕食の会場の広間には既に武田さんと幸村、あと佐助さんが居た。
私はまた幸村と距離を置いて座る。

「おおう、。元気か?」
「は、はい」

武田さんが威厳のある声で話しかけてきた。
怒っているのかいないのか解りづらくて未だに慣れないこの声。

「幸村、、仲良くやっておるか?」


…仲良く。どうだろう。あいさつぐらいしか言葉交わさないし、学校でもそんなに話さないし。
そんなに仲良いってほどじゃないけど、悪いわけでもない。

幸村と目があった。幸村もどう答えてよいやらって感じ。

「はい」

この一言は社交辞令的なものであって、とくに深い意味はない。

「えっ…あ…」

幸村がとまどった声を上げた。

「そうか、そうか!それならば良い」

武田さんがご機嫌そうに笑った。
機嫌はいいみたいだ。

この、なんでもないごく普通(?)の会話が、幸村を苦しめるなんて思っても見なかった。












「お、お館さまに嘘をついてしまった……!」


カチャカチャと皿が擦れる音が響く、夕食後の武田家厨房。
水場には佐助がいつものように立っていて、
その後ろで幸村が膝を抱えて顔を青くしていた。


「はー?いきなり何、旦那?」
殿と仲がよいと嘘を着いてしまった…」
「なんで?仲悪いの?」
「わ、悪くは無い!…と思う」
「ならいいんじゃない?」
「しかし…」

幸村が膝を深く抱えなおした。


「登校するとき、特に何も話さぬ。学校でも特に会わぬ。家でも何も話さぬ。遊んだことは一度もない。…これは、仲が良いと言うか?」
「言わないね」(キッパリ

がーんという効果音が聞こえてきそうな程幸村の表情が酷く落ち込んだ。

「ま、まぁ。そのぐらいの嘘、ばれないっていうか…ばれてもなんとも思わないよ、お館様も」
「しかし、常に素直であれとお館さまからいつも言われて…」
「じゃーさ。ほらその嘘、本当にしちゃえばいいんじゃない?」
「嘘を本当に…?」
「うんうん」
「俺にできるか?」
「仲良くなればいいんでしょ?簡単じゃない」
「そ、そうか。なるほど!頭がいいな、佐助!助かったぞ!」

旦那は単純だな…。そう心の中で呟いてご機嫌で去っていく幸村の背中を見送った。



台所を出た幸村が廊下を歩いていると、の姿が目に入った。
これは早速訪れた好機だ。嘘を本当に!この真田幸村、やってみせる!

「お、おお…殿!」
「あ、どうも幸村。なんか用?」

用?
まずい。声をかけることに必死になって特に考えていなかった。
幸村があわあわしているのを見て、は首をかしげた。

「どうしたの?」
「へ?い、いやっ…用…なんでござろう」
「なんでござろうって。無いなら別にいいけど。じゃ」

は半笑いでそういうと幸村をすりぬけて歩いていってしまった。
な、ま、待って…。
ダメだ、幸村!この調子ではいつになっても仲良しになんかなれぬぞ!
漢、幸村っ。なにをしておる!







「あっーー!」


「ひっ…ど、どうしたの?」
殿!」

「はっはい?」
「ど、何処へ行く?」
「…お弁当、片付けに」
「…………そうか」


それだけ言うと、幸村は何故か悲しそうな顔をしてとぼとぼと歩いていってしまった。

「びっくしりたぁ…」

なんだろう、いきなり大声出して。
はまた厨房の方に足をむき直した。
厨房には案の定佐助さんが立っていて、水の音がしきりに流れていた。

「あの、すいません。お弁当出すの遅くなって」
ちゃんか。いいよいいよ。そこ置いといて」

ナフキンをほどいてお弁当箱をまだ皿が積んである所に置いた。
水切り場にはもうある程度お皿が積まれている。

「あの、幸村なんかあったんですか?」
「何って?」
「さっき、すれ違ったんですけど様子が変で」
「変?なんか言ってた?」

話しながらも佐助は手を働かせている。

「いや。…でも、用もないのに話しかけてきたり、突然大きな声出したり、突然落ち込んだり」
あぁ…なんとなく想像つく
「そうですか?」
「まぁ旦那バカだから。ちょっと見守っててあげてよ」
「はぁ」



こうして、幸村の奮闘が始まったのであった。











トライ1 朝食


「おはよ。幸村」
「おっおはよう、殿」

次の日の朝、幸村の奇行をすっかり忘れたは朝食を食べに大部屋に現れた。

「どうしたの?なんか元気ないね」
「そ、そうでござるか?」
「顔もちょっと赤いよ、大丈夫?熱とか」

ふいにの手が幸村に伸びて指先が幸村のおでこにほんの一瞬触れる。
その瞬間幸村は奇声を上げて座ったまま後ろに倒れて床におもいっきり頭をたたきつけた。

「だっ大丈夫?」
「大丈夫…」

起きあがった幸村は頭をさすりながら、もう一度に言った。

「全然、大丈夫」
「そう」

本当に?とは言いたくなったが、昨日の幸村の様子を思い出してやめた。



失敗。






トライ2 通学

いつもの様に2人で駅まで向かう。
その間いっさいの会話なし。

幸村はのどにつっかえる言葉を絞り出した。


「きょ、今日も良い天気だな!」
「え?今日くもりだけど…」



失敗。





トライ3 学校にて

体育の時間、いつもは他教科に見られない思いっきり気合いの入っている幸村だが、
今日はやはりのことが気になってなかなか身の入らない幸村だった。


「じゃあ、2人1組でペア作ってください」

これはチャンスとばかりに40人近い生徒の中から一瞬にして諒を見つけ出して声をかけた。


ど…」
ー!一緒にやろー!」(←女子A
「うん、いいよ」



失敗。




トライ4 昼食

殿…あの…」
「おーい、幸村、一緒に食べようぜ!」(←男子B
「お、おお」

失敗。











「はぁ…」



「どうしたんだよ幸村。元気ねぇじゃん」
「…そうか?」
「うん。弁当もあんまくわねぇし」

「男子B殿は、仲の良くなりたいおなごはおるか?」
「……幸村今なんて?」
「仲良くなりたいおなごは…」
「おま、それ本気で言ってるのか!?」
「ん?なんだ?」


弁当を勢いよく机に置くと、男子Bは椅子を倒しながら立ち上がった。
そして嬉しそうに大声で叫んだ。

おいっ!みんな、あの幸村にやっと春が来たぞ!
「春?どういう意味だ男子B殿」
「やったなぁ。幸村。そうかそうか。やっと幸村も年頃の男らしく…」
「なんの事だ、さっぱり解らんぞ」

男子Bが叫んだお陰で、小さい頃から幸村を知っていたクラスメイトの数名が立ち上がり、
口々に“あの”幸村が!?“あの”幸村が?と言いながら幸村達の机に向かってきた。

幸村はあれよあれよという間に取り囲まれて質問の嵐が訪れた。

「で、誰なんだ?幸村」
「どのクラス?この学校の人?」
「どこに惹かれたの?」
「どこが好きなの?私たちがとりもってあげるよ!」

「な、なんの事でござるかー!」





はというと、お昼になるとD組からわざわざ達のB組にやってくる百合子と共にお弁当を食べていた。
突然男子の声が教室に木霊したと思ったら幸村の周りに人の壁が出来てしまったのを呆然と見ている。

「何?あれ」

百合子がウィンナーを頬張りながら言った。

「…さぁ?」



後編
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