(……くそだるい)

自販機で買った麦茶を握りしめながら、私はひんやりとした机に頬を付けた。
机懐かしい。久し振りに座った気分だ。

このおかしな生徒が集うバサラ学園でも、行事は一般の高校と変わらない。
春の球技大会まっただ中、耳をすませば遠くの校庭や体育からは歓声が聞こえてくる。
全校の5割が小学校からの持ち上がりで、英才教育を受けた人々。残り4割は部活なんかの特待生で占められている。
学校行事にもそれなりの力を入れて然るべき人々が集まっているのだ。
そして球技大会や体育祭は、文化系の学生には正に地獄の行事であった。

全力でクラス杯を勝ち取りに行く雰囲気の中、少数派の文化系は肩身を狭くしているだけだ。
適当に卓球とか疲れない種目に出て適当にやって負けて帰ろうと言う私の魂胆は、クラスのリーダー、というか体育係の島左近には透け透けだったらしい。
どういうことか、サッカーに勝手に配属された私は、ただサッカー場を駆けまわるだけの人間になり、貢献したのかしていないのかよく解らずじまいであった。

ただただ疲れた私は汗をぬぐいながら、死んだように机に倒れるのであった。









尻尾の秘密









ややあると人気の無い教室に、ちらほらと人がやってきた。きゃいきゃいと黄色い声が聞こえる。
あ、あの子たち確か卓球の子だな。試合が終わったらしい。
楽しそうにしている女子達を見て島左近を恨んだ。なんで私もあの中に居ないんだろう。嫌がらせか。
それともあの子たちが可愛いから贔屓したんだろうか。
考えまでネガティブな方向に沈んでいってしまう。いかんいかん。私は麦茶を一口飲み込んだ。

その時、ざわざわと一層騒がしい集団が教室になだれ込んできた。その中にどでかい幸村の声も混ざっていて、男子サッカーも決着が付いたことを知った。
どうやらあの雰囲気だと勝ったみたいだ。皆顔に笑顔が張り付いている。

殿!女子サッカーも勝利とお聞きした!お見事!」

はは、と適当に笑う事しかできない。私何も役に立ってないし。勝ったせいでまた一戦しなくちゃならないし。正直やる気は皆無だし。

「男子も勝ったんだね。よかった」
「おおう、それはもう、熱く胸たぎる戦いでござった。そう、あれは試合終了前15分のこと……」

何を思い出しているのか拳を震えるほど握りしめ、何か長話でも始めそうな雰囲気だ。
どうやって彼の話を遮ろうかと考えていた矢先、男子の声が教室に飛んだ。

「卓球は勝った?」
「うん!勝ったよ!」
「うっしゃー!」

その声を聞いて幸村は話を止めて、素晴らしい!と賞賛を始めた。
私はほっと胸をなでおろす。はあ良かった。色んな意味で。今のところ全勝か。結構みんなやるもんだなぁ。

「男子サッカー応援見てたよ。みんなすごかったね〜」
「アレ見てたか!?真田のアホシュート!」
「見てた見てた!」

卓球の女子が男子集団にも声をかけると、一気に彼らの輪は縮まって話を始める。 
何かミラクルでも起こしたらしい幸村は、いつも嫌煙されている女子たちにも囲まれて、照れくさそうにしている。

スポーツを通して距離が縮まる男女。なんか青春だなあ、なんて思いながら見ている。
でもまあ、幸村は脳筋なだけで悪い子ではないし、礼節正しいところもあるし、顔だって別に悪くないし、女子にも男子にも人気出るとは思うんだけどなあ。
あ、でも本人が女子を拒絶してるから、仕方ないんだろうか。

幸村を見上げる卓球女子はキラキラとしている。
サッカー場で何があったのか知らないけど、スポーツに燃える男子は格好良く見えるものだものな。あの真田幸村でさえも。
この球技大会で幸村の株もバク上げかな。

と考えていた矢先のこと。


「真田くんのこれ、かわいいよね!」

一人の女子が手を伸ばして、幸村の頭から垂れる長い髪を手に取った。
その時、部屋に居た一部の人間は「あ」と思ったろう。私も思った。

瞬間、幸村は顔を真赤にすると、言語にならない声の後、鳴き声とも雄叫びともとれない悲痛な叫びをあげながら、人混みを蹴散らしながら、教室の外どこかへと吹っ飛んでいってしまった。
あの尻尾は何かのスイッチかなんかだったのか?
そういえば昔紐を引っ張ると温まるカレーがあったな。あれはいつの間にか無くなってしまったけど何故だろう。
とどうでもいい思い出を呼び起こしていると、叫ばれた女子が突然わあっと泣き出した。

「こ、こわかった……」

そうだよね。怖いよね。胸中お察し致します。

「ま、まあ気にすんなよ。真田のあれはいつもの事だろ」
「うん、私も悪かったね。でも、最近さんと普通に話してるし、大丈夫かなって思って……」

突然自分の名前を呼ばれてぎくりとした。

「え」
「そういや、真田、には平気そうだよな」
「いやいや、それは……」

殿はおなごではござらん!とかなんとか意味わからん事言っていた幸村を思い出して、私は苦笑いをした。
女だと思われていないから大丈夫なんだと自分で言うのも癪である。

「さ、触ったりしたら、私だって叫ばれて逃げられるよ?……た、多分












球技大会も終わり、家に帰った途端居間にごろんと横になった。
ああ、畳、とても気持ちいい。このまま寝てしまいそうだ。

殿ぉおお!」

元気な声と共に襖がスパーンと開け放たれる。
壊れるからやめろっていつも佐助さんに言われてるのに全然気を付ける気ないなコイツ。

「汗臭い故、先に湯を浴びられよとの事」
「あー、幸村先入っていいよ」
「承知!」

あんなに走り回った後でどうしてそんなに元気なんだろう。同じ人間なんだろうかと疑ってしまう。

このまま寝そべっていたら畳に根を生やしてしまいそうだ。
私は意を決して起き上がり、荷物を自室に運んだ。
姿鏡に、体操服姿の自分が写った。ぼさぼさの髪に、サッカー場の泥がついた服。
きゃぴきゃぴの卓球女子と比べたら確かに、女っぽくはないかもしれないな。
幸村がああいうのも、仕方ない……か?

幸村が出たらすぐ風呂に入るつもりだけど、やっぱり着替えよう。
Tシャツを出して、野暮ったい体操服を脱いだその時だった。

殿!殿はこちらか!?」

例のごとくスパーンと開け放たれる襖。例の熱血漢と、ひたりと視線があった。




少々の間の後、幸村は静かに襖を閉めドタドタと走り去る音がした。
やれば静かに開閉できるじゃないか。


……ん、いや私はそんな事を感心している場合か?


姿鏡には、体操服を脱いだタンクトップ姿の私が写っている。
いや、でもこれって恥ずかしがるところなんだろうか。別に下着を見られたわけでもないし……。
幸村も見ていけないものを見てしまった風に出て行ったけど、いつもみたく叫ぶわけでもなく、顔を赤くするわけでもなく。
これは、セーフ、ということか?


服を着替えて居間に戻ると、まだジャージ姿のままの幸村が、頭を下げて待っていた。



殿、先程は大変、たいっへんな失礼を致した!」


頭を下げた幸村の向こうで、佐助さんがおせんべいをパリパリ言わせながらこちらを横目で見ている。

「いや、別に」
「某は、少々思慮に欠けており申した。殿に不快な思いをさせてしまい……」
「ぜ、全然気にしてないから、頭上げてよ」
「なっ……。そ、そうでござるか。流石は殿!そのお心の深さに感服致しまする!」
「もういいから早く風呂入ってきなって」

私が言うと、申し訳無さそうな顔のまま幸村は風呂に向かっていった。
うーん、なんだろう。確かに少しあの瞬間ドキリとはしたけど、なんだろう、なにか腑に落ちない。



「旦那もズレてるけど、ちゃんもなかなかなもんだね」

話を聞いたらしい佐助さんがくすくす笑って言った。
あの後青ざめた顔で佐助さんに相談しに行く幸村が目に浮かんだ。

「どういう意味ですか?」
「着替え見られたら、普通きゃー!とかわー!とか言うもんじゃないの?」
「ああ、確かにびっくりしましたけど、肌着は着てたんですよ」
「いや、そういう問題じゃないと思うけど」

うーん、そういうものか。やっぱりあそこは多少怒るべきだったんだろうか。




それよりも私は幸村の反応に違和感を感じざるをえないのだ。
あの瞬間、あ、やっちまった、と彼の目が言っていた。謝ってきた事からも、彼の気が咎めたのは確かだ。
けど、彼は赤くなりもせず叫びもせず、神妙な面持ちで頭を下げるだけ。

殿はおなごではござらん!”という最高に失礼な言葉。
学校で見た女子に対する反応。




私が知っている幸村全てに矛盾している。


「ま、いっか!」
「いいんだ」










佐助さんと並んでせんべいをかじりながら夕方の再放送ドラマを見ていると、どたどたと足音が聞こえて、幸村が風呂から上がったのがわかった。
襖がまた勢い良く開け放たれ、ほかほかの少年が姿を表す。

「いい湯でござった!」
「旦那、それやめてっていつも言ってるでしょ」
「おお、すまぬ!」

さっきの事件は風呂で綺麗さっぱり流して忘れたかのように、幸村はニコニコとご機嫌そうに笑っている。

しかし……。
私は幸村の格好を見て戸惑った。
彼は下にズボンは履いているものの、上半身は手ぬぐいをかけるだけで一糸まとわぬ姿である。
聞くまでもないけれど、暑いから着てないんだろう。

「こっちの方がセクハラじゃないですか?」
「はは、そうかも」
「如何なされた、殿」
「いえ、なんでも」
「? それより、殿も湯に入られよ。気持ち良いぞ!」
「うん。これ見たら」

見始めたドラマは別に面白いわけでもない恋愛ストーリーだったけど、なんだか最後まで見ないと気がすまない。
幸村が隣に座りこんで、がしがしと手ぬぐいで頭を拭きあげた。

「幸村って頭乾かさないよね。なんで?」

そういえばいつもドライヤー使っているの見たこと無いし、風呂あがりに服をびちょびちょにしても気にならない様子だ。今は着ていないけど。

「何を申されるか。今乾かしておるぞ」
「いつも自然乾燥なの?ドライヤーは?」
「ドラ……、ああ、あの佐助が使う温風の出るやつの事か」

確かにお館様も必要ないし、私達一家居なかったら佐助さんしか使う人居ないだろうけど。

「音がうるさい故、あまり使う気になれぬ」

ドライヤーもまさかそんな理由で使ってもらえないとは思ってもないだろう。お前がいうな、お前が。


「やべ。鍋火にかけっぱなしだ」

テレビがCMに入ると佐助さんがはっと思い出したかのように立ち上がった。
何かを思い出したらしい幸村は、部屋を出て行く佐助さんを勢い良く振り返る。
同時、釣られて泳ぐ幸村の頭の尻尾が、ぴしゃりと私の頭を叩いた。

「いたっ」 「あっ!佐助!俺の団子も頼む!」
「はいはい」
殿も団子は如何か?」
「……結構です」

濡れているから余計に威力を増したらしい尻尾は、今は何事もなかったかのように幸村の背中で揺れている。
当人も気づいては居ないようだ。頭だったから痛くはないけど、結構びっくりする。

私に何か不満でもあったのか、幸村は何故か口をへの字にして私にずいと向かってきた。


殿は何を考えておられるのだ」
「何急に」
「別に、とか、なんでもない、と申されるが、心内では何か考えておられるようにも見える」

お、おお。幸村もそんな事考えていたのか――

「某に何か不満か?団子が欲しければ素直に申されよ!」
「……だよね」

佐助さんが戻ってきたみたいで、襖が空くと、幸村はまた勢い良く振り返り、また彼の尻尾が私の頬を鞭打った。
今度は耳と柔肌に当たる。これはなかなか痛いぞ。
そしてまたしても何事にも気づかない幸村。

流石になんだかいらついてきた。その憎き尻尾ひっこぬいてやろうか。


「ほら、殿、拗ねて居ないで団子を食べられよ」
「誰が拗ねてるんだ」

全く見当違いな事を言うものだから、思わず声を荒げてしまった。

「今日の球技大会、惜しいところで負けて悔しいのでござろう。某もお気持ちお察しする」
「いや、それも違うし」

別に尻尾ではたかれただけで苛ついているわけじゃない。当然球技大会のことなんて頭にもない。

幸村の私に対する態度がやっぱり腑に落ちない。
どうして彼は、半裸で私の隣に座って普通にテレビを見ているのだろう。
どうして私の着替えを見て謝ったりなんかしたんだろう。

どうして、私はそんなこと気にしているんだろう。




「では何が不満か、申されよ」
「……わかった。じゃあ、幸村、そこ、座っといて」

私はドラマ試聴を放棄して、居間を出て目的のものを取って戻った。
幸村は疑問符を浮かべながらも素直に部屋の隅に正座している。
私は近くの壁際にあるコンセントにプラグをぶっさした。

殿、何をなされるか!」
「いいから大人しくしてなさい」

逃げようとする幸村の尻尾をひっ捕まえて、私はドライヤーの電源を入れた。

「その髪、パリパリに乾かしてくれる」
「し、静まれ、殿。何が不満か? 某にはいまいち解せぬぅ」
「なんでもいいから。終わったら許してあげるよ。さっきのことも」
「許すと申されたのに、実はまだ怒っておられたか!」
「男ならこれしき我慢しなさいよ」
「し、しかたあるまい……。虎の怒りを収める為ならばぁ」
「誰が虎じゃ」


ようやく大人しくなった幸村の髪に熱風を吹かす。
じっとしているのが苦手なようで、幸村は開始1分でむずむずと体を揺らし始めた。
幸村の髪をさわさわと撫でる。もっとゴワゴワしているものだと思ったけど、思ったより柔らかい手触りで気持ちいい。
長く伸ばした後ろの髪は、毛先は傷んでいるけれど、綺麗にまっすぐ伸びている。伸ばすならちゃんと手入れすればいいのに。

卓球女子にこの総を触られて、ものすごく赤面していた幸村を思い出していた。
気づいたら、幸村はむずむずをやめて、静かに俯いて座っている。
私が触ったのは尻尾どころじゃないけれど、幸村は大丈夫だったろうか。黙っているうちに急に恥ずかしくなったりしていないだろうか。


ドライヤーの電源を切って、幸村の顔を見に回りこむ。

「はいおつかれ。終わった……よ」

驚いたことに、彼は座ったまますやすやと寝息を立てている。
急におとなしくなったと思ったら眠ってただけか。




「……やっぱり腑に落ちない」
 

私は、幸村の背後にそっと手をのばし、


彼の尻尾を思いっきり引っ張った。





「で!?」


「終わりましたよー」

後ろにひっくり返った幸村は壁にしこたま頭を打ち付けていた。
石頭だしこれくらい大丈夫だろう。
私はさっさとドライヤーを片付けると、自分も風呂に入ろうと立ち上がった。


「お、おお。終わったのか。殿、ありがとう」

何が起こったのか理解もできてないだろう頭で、幸村はにかっと笑って礼を言う。
馬鹿みたいな笑顔を見て、私はふと息を吐いた。





「お風呂は覗かないでよね」

私はそれだけ言って居間を出た。幸村がどんな顔をしていたのかはわからない。

彼は私に照れたりしない。私のこと、どう思ってるかも知らない。


でも、まあなんでもいいや。





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佐助「それ、居間でやんなきゃダメだったの?」

紐を引っ張ると温まるカレー、今の高校生は知っているのか…。
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