「へえ。武田さんが下宿所を」
「まだ旦那が小学生の頃だったけどね。人手が減って、お館様の本職のほうも忙しくなっちゃったし、真田の旦那だけ預かることになってそれで今ってわけ」
「どうして幸村だけ?」
「ああ、それは色々理由があったんだけど、真田家と武田家は昔から知り合いでね」
「なるほど」

一学期もあっという間で、高校生の私たちは夏休みに入った。
うだるような暑さ。セミの声に風鈴の音。扇風機のモーター音も、私は嫌いじゃない。
スイカを食べ終わった幸村は日陰になっている縁側に転がって寝息をたてている。私と佐助さんは座敷で冷たいお茶を飲みながらゆったりと会話をしていた。

「だからね、この家は居候が一人二人増えたって構わないって事。俺様も居候とかわんねーし」

佐助さんが私ににっこり笑っていった。今の話、私に気を遣ってしてくれたのか。
確かに、親父はあんなだし、武田さんちに迷惑かかってるんじゃないかと毎日毎日不安で仕方なかった。
私も佐助さんに笑い返した。ほんと、佐助さんはすごいな。なんでもわかってしまう。

「むしろ、昔のにぎやかな頃に戻ったみたいで、お館様も喜んでるんじゃないかな」
「そうだといいですけど」
「調子に乗ってまた居候増やしたりするんじゃない?」

佐助さんが冗談半分ではっはっはと笑った。
その時、

「ごめんください!」

「はいはーい!」
「誰ですかね? 子供みたいでしたけど」

玄関の方から声がして、反射的に佐助さんが立ち上がった。私もつられて立ち上がって、一緒に玄関に向かう。
そこにはやはり、小学生くらいの子供が修学旅行みたいな大荷物を抱えて立っていた。
よく見れば、目のくりくりした、かわいらしい少年だ。

「どちら様ですか?」

佐助さんがその子に目線を合わせて丁寧に言った。

「香坂源助ともうします! 今日からおせわになります!」

私と佐助さんは顔を見合わせ、香坂源助と名乗る少年の輝かしい笑顔に目をくらませた。







ひまわりの男の子 1







「どういう事ですか。お館様」

仕事から帰宅したお館様に、佐助がずいと迫った。

「何がだ、佐助」
「あの、香坂源助って子供ですよ! 聞いてませんよ!」
「源助…おお! もう来ておるのか!」
「来てるのかじゃないっすよ! 大荷物背負ってきましたよ!?」
「あれは知り合いの子供でな。夏休みの間こっちで預かって欲しいと言われていたの、すっかり忘れておったわい!」
「忘れてたって……」

佐助は、もう反論する気にもなれなく、頭を抱えるだけだった。

「源助はどこにおる?」
「今座敷で遊んでますよ」




「かくとだに……」
「はい!」
「はい!」
「僕の方が速かったでようすね」
「くっ……やりますな、香坂殿」

いやしかし、この香坂源助ってのは本当に小学生? 百人一首なんか私一首も覚えてないし、この家の百人一首キング幸村に一泡吹かせている。
幸村はしぶしぶ源助くんの手の上から自分の手をひいた。源助くんの持ち札は既に幸村の倍近くなっている。
小学生相手に幸村は手を抜いてる? いいや、幸村はそんな事出来るほど大人じゃないよな。

「すごいね、源助くん。百人一首は学校で習ったの?」
「いえ。両親にたたき込まれました。こういう古典的な遊びが好きでして」

私なんかよりも礼儀正しいし、とってもしっかりしてる。幸村が敬語になってるのもわかるなあ。
つやつやの黒い髪も、うるうるした丸い瞳もかわいいし、こんな弟居たらいいだろうなあ。
源助くんの愛らしさに思わず微笑んで、次の札を読もうとしたとき、聞き慣れた足音が聞こえてきたので顔をあげた。
きたきた。私は札を置いて立ち上がった。
貫禄のある歩き方のお館様の顔が見えると、いつも一番最初に幸村が目をキラキラさせて叫びだし、いつもの殴り合いが始まるので、私はいつも部屋の端に逃げ込むことにしていた。

「おやかっ…!」
「おやかたさまーー!!」
「?」

ところが、大きく飛び出したのはソプラノの子供の声で、ついでに小さな体もお館様の方に飛んでいった。
唖然としたのは幸村で、お館様の大きなお腹に飛びついた少年を見ながら、完全に出遅れた立ち上がりかけの体を静止させている。

「おお! 源助か! 元気でおったか」
「はいっ! お館様のお屋敷に来られると知ってとてもうれしゅうございます!」

お館様は源助くんの小さな体をぐるんぐるん回して、源助くんもきゃいきゃいとはしゃいでいる。
……なんだろうなあれ? 何かに似ているけど……いや。似ていないか?

「おっ、おやおやおや、おうやかたさまあっ! お帰りなさいませえっ!」

正気に戻った幸村がお館様に叫んだ。
幸村に気づいたらしいお館様が、源助くんをすっと床に降ろすと、

「おお、ただいま戻った。源助と遊んでおったか」

床に散らばった百人一首の札を見て、武田さんはにっこりわらって言った。

「はいっ!」
「仲良くするのだぞ。源助、困ったことがあればあの幸村になんでも言うがよい」
「はい! お館様! おせわになります!」

武田さんははっはっはと上機嫌で自室に戻っていった。
幸村はどうしても殴り合いがしたかったのか、武田さんの背中を見ながら口をあわあわ動かしていた。
武田さんの背中が消えたのを見るとしゅんと、悲しそうな顔をする。
あ、あらあ…幸村。なんて声をかけていいものやら。そんなに落ち込むことないだろうに。

すると、座敷のふすまが開いてひょっこり佐助さんが顔を出した。

「これから夕飯の準備するんだけど、諒ちゃん手伝ってくれる?」
「あっ。はい」

私は慌てて百人一首の札をかき集めて、立ち上がった。

「じゃあ、準備できるまでちょっと待っててね」
「僕も手伝います!」

源助くんが元気な声で言った。

「本当? 助かるなあ。じゃあおいで」
「えっ、じゃ、じゃあ某も!」
「旦那は来なくていいから」

元気な声で言った幸村に、佐助さんがふすまをぴしゃりとしめた。
ふすまの向こうでまたしょんぼりしてる幸村が目に浮かぶな。
いやまあ、幸村が厨房に入ったらどんな惨事が起こるかわからないし、佐助さんの判断は間違ってはいないけれど。
幸村が源助くんを嫌いにならなきゃいいな…。
いや、あの幸村に限ってこんな小さな子を嫌いになるわけないか。子供は好きみたいだし。いや、同レベルだからか気があうのかな?(失礼)
私が源助くんを見ながらぼーっと考えていると、源助くんが上目遣いでにこっと笑いかけてきた。
いやあははは、かわゆいなああ。










そして夕飯。
なんとも言えない顔で部屋全体の異様な雰囲気を見つめる私と佐助さん。
静かに口を閉じて机を熱心に見つめながらご飯を食べる幸村。ときどき、ちらりちらりと隣のほうに何かを羨むような視線を送っている。
そこには、幼く美しい少年を膝に抱えながらご飯を食べる武田さん。二人は本物の父子、いや祖父と孫のようだ。
二人は幸村のゆらゆらした視線に気づかない。
その度に幸村は大きなため息をつくのだった。

私の不安は的中か。こりゃあ幸村が源助くんに決闘を申し込むのも時間の問題……いや、冗談ではなく。

「幸村、どう? おいしい?」

いつもならがっついてなんでもかんでもうまいうまいと叫んでいるのに、今の幸村は心ここにあらずといった感じで、何も話してくれない。

「あ、ああ! 美味でござる!」

私から話しかけると、けなげにも幸村は笑顔を私に向けてくれた。
幸村は武田さんラブだもんな。その武田さんを取られてしまったんだ。そりゃ、幸村だって落ち込むか。
しかし、その敵が小学生ってのもかわいそうな幸村。もっと張り合える相手だったらまだ楽だったろうに。
まあ源助くんが一生ここに住むってわけじゃないんだし、今回ばっかりは我慢しなくちゃいけないか。

「私の分もあげるよ」

私は箸でほいほいと自分のおかずを幸村の器に放り込んだ。
あの幸村がちゃんと我慢してるんだ。当然の事とはいえ、ちょっとくらい褒めてやらなくちゃな。
親心でやってあげていたのが、幸村は訝しげな表情を私に向けてきた。

「諒殿、まさか減量しておられるのか? 確かに最近うつむいたときに二重顎を見かけるが…無理な減量は」
「ほほほ! そんなわけないじゃないですの! あら、なんだか食欲が沸いてきましたわ。ちょっとお返しいただきますわね! ほほほほ!」
「ちょ、最初より少なくなっている気が…」

やっぱりやめました。

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すっかり使わなくなったネタ帳に香坂源助の名前を見つけて、ああそういやこんな妄想もしていたな…と思って書いてみました。
史実の人物で美形、しかも信玄公の××だったという話ですが、ググってもでてこなかったんでドまいなーかと思います。
まあ、年齢はてきとーです。多分この年齢差はありえんです。はい。
私一体どこで香坂源助の事知ったんだろう?
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