04 前夜祭A



「イオー!!こっちで遊ぶぞ!!」

イオの小さな背中にご機嫌なライルとリューが突然飛び乗って、イオはすすっていたスープで咽せた。
それでも構わず甘えた声で我が儘を言うライルとリューをクランがイオからひっぺがした。

「こら。イオは今食事中だぞ」
「いつまで食べてんだよー!?」
「我が儘を言うな。お前達はもういいのか?」

ライルが不服そうにイオを見た。
イオは口を布でふきながら、困った顔をしている。

「もうお腹いっぱいだよ!」
「リューも」
「早く食べろよイオ!」
「…ちょっと待てないのか」

イオがぼそりと呟いた。
クランがすまなそうな笑みを浮かべてイオを見た。

「俺が遊んでやるから。それでいいだろ?」
「ホント?」
「じゃあ行こう!!イオもくったらこいよ!」

嵐のような兄弟はクランをつれさってどこかに消えてしまった。
残されたイオとエリオはやれやれとため息をついて、賑やかな室内でしばらく沈黙していた。

「すっかり気に入られたみたいだな」

イオとエリオの間は一人分くらいあいている。
ひたすら具のないスープをすするイオにエリオが言った。

「…そうか」

とりわけ関心のなさそうな返事だった。

「ライルはともかく、リューは人見知りするのにな」

聞いているのか聞いていないのか、イオは黙ったままスープをすすっている。
イオの素っ気ない態度には愛想が尽きてきたエリオは、もう話しかけるまいと思って水の入ったコップを手に持った。

「あの3人は兄弟なのか」

カタン、と飲み終えたスープ皿にスプーンを置くと、思いがけずイオが話し始めた。

「あ、ああ。そうだ。似てるよな」
「そうだな」
「お前は兄弟はいるのか?」
「義理の兄なら」
「ふーん」

なにか考えているのかそうでないのか、イオはからになった皿をじっと見つめている。

「どうした?」
「…いや、あんな兄弟もいるのかと思って」

あんな兄弟?
やんちゃな弟に引っ込み思案の妹、しっかりものの兄。
3人ともそれぞれ仲が良い、ごく普通の兄弟だと思うが…。

「お前の兄はどんな奴だったんだ?」

イオはこの席について初めてエリオを一瞥した。
少し苦々しい顔でぼそっと呟いた。

「厳しい人だよ」
「へえ。どんな風に?」
「あれをやってはダメ、これをやってはダメ。そんなのばっかりだった」
「俺、兄弟いねーからわかんねえけど。兄貴はお前が可愛かったんだろ?」
「…どうだろうな」

フードの影に隠れた瞳がすっと細くなった。
エリオにはとても悲しそうな表情に見えて言葉を詰まらした。

「あ、そうだ。あいつらんとこ、行こうぜ」

重くなった空気を振り払うようにエリオは突然話を逸らした。
8、9人の人だかりを指さした。
その中心には今日やってきたセドラ地方の姉弟が居る。

「…ああ」

てっきりなぜ?とかいって来ないかと思ったが帰って来た返事はイエスだった。
椅子から降りて姉弟の元に歩み寄る。

「やあ。マニエとルーセだっけ?俺はエリオ。よろしくな」
「これから、よろしくお願いします」
「ははは。なんか誰かに似てんな。お前」

堅苦しい挨拶をする年下の少女にエリオは苦笑いをした。
弟はまたはにかんで姉にくっついている。
姉も弟も黒髪で南境地方出身のせいか浅黒い肌をしている。


「あの…そちらの方は?」

マニエがおそるおそる隣のイオを見て言った。
イオは黙ったままであいさつすらしようとしない。

「こいつはイオね。孤児院のヤツじゃねーんだけどな」
「そっそうなんですか」

マニエは驚いたような顔をしてイオを見つめている。

「なんだ?お前ら知り合い?」
「い、いえ…」

イオも小さく首をふった。
その姿を見るマニエの瞳におびえの色が入ったのをエリオは見逃さなかった。
長居しない方がいいと悟ったエリオはイオの腕を引っ張ってこの場から去ろうと促した。

「イオ、行こーぜ。ライル達待ってるだろ?」
「…」

イオは黙ったまますんなりエリオについて行った。
しかし、イオの後ろに隠れていたゾゾが鋭い目つきでマニエを睨んでいる。
その視線に気づいたのは本人のマニエだけで、他のギャラリーはマニエやルーセに質問を浴びせている。
黒猫の視線にも違和感を覚えたマニエは、黒猫に近づくことなくただ目をそらせずにいた。


出口付近まで来たイオがゾゾが居ないことに気づいて振り返った。
ゾゾはマニエと向き合ってにらみ付けている。

「…ゾゾ」

ほんの、呟くような声で自分の黒猫を呼んだ。
黒猫は主人の声に弾かれるようにその場を走り抜けた。






ライル達はこんな暗い夜だというのに外で駆け回っていた。
サバトの夜は寒い。しかしそんなことはものともせず、3人は楽しそうな声ではしゃいでいる。

「あいつら元気だなー…」

エリオが3人を見たエリオが肌寒さに腕をさすりながら言った。
暗い中でもよくわかる。クランの優しい笑顔に包まれた2人の子供は幸せそうに笑顔を返す。
あんな笑顔をする人を初めて見た。
あの笑顔に包まれて育ったなら、もっと自分は違う道を選んでいただろうか。
イオの頭の中にふと浮かんだ想い。
それを振り払うように首をふって、イオは急に踵を翻しドアの中に入っていった。

「お、おい?」

取り残されたエリオが戸惑ってイオが消えたドアと3兄弟を見比べる。

「なんだよっ………おーい!お前ら!風邪ひくから早く中戻れよ!」

とりあえずエリオはクラン達に叫んだ。
クランが手を振って返したのでエリオはイオを追って中に入った。
中は昼間の空気が溜まっていて暖かい。
院野中の薄暗い廊下を見回してイオの姿を探す。
広間で皆がわいわいと騒いでいる音以外聞こえない。

「…イオ?」


辺りを見回してもイオは居なかった。







幸せな兄弟。
逃げるように去ったイオが院の中に戻ると、そこには先程目にした少女が立っていた。
今はたった独りで、怯えながらも鋭い目つきで自分を見つめている。

「…き、聞きたいことがあるの!」

しばらくの沈黙の後、弾かれたように少女は言った。
イオには彼女の聞きたい事はなんとなく検討がついた。

ドアの向こうでエリオがクラン達に戻ってくるように叫んでいる声が聞こえた。
すぐにエリオやクラン達が中に戻ってくる。
彼らにこの話聞かれるわけにはいかない。

イオは無言で移動を始めた。

「どこに行くのよ!?」

少女はイオを追いかけてついて行く。
薄暗い廊下をイオは早足で歩き、広間とは反対方向にある小さな扉を開けた。
中は狭い部屋でベッドが6つぎゅうぎゅうになって入っている。
子供が書いた絵やおもちゃが置いてある。孤児達が寝る部屋のようだ。
火はともっておらず、窓から差す月光だけが部屋の中をやんわりと照らしていた。

「…なに?」

イオは月に背を向けて少女を見た。
少女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
今にも逃げ出してしまいそうなのに、瞳だけは揺るがずイオに突き刺すような視線を送っている。

「あ、あなた…人間じゃないわねっ」

予想通りの言葉だった。

「私にはわかるの!人間と、そうじゃないもの…っ」

それもイオは勘づいていた。
イオは暫く黙ってどう対応しようか迷っていた。

「あなた、魔族でしょ!?」

彼女はセドラ地方の子だと言っていた。
セドラ地方は魔族の国フォーティアと隣接した土地だ。
おそらく彼女の親は魔族に殺されたのだろう。
憎しみのこもった瞳で彼女はイオを責めている。

「私は、孤児院を、ここの町をどうこうしようとしに来たわけじゃない」
「うそだ!魔族は嘘つきだっ。そんな事言ってまた私たちを…」

少女は涙声になって訴えた。

「私にそんな力はない」

イオはそう言って、フードを外した。
ローブの首紐を解いてローブを脱ぐ。
もう月夜だ。日に弱い肌が焼けただれる心配もないだろう。
そして首に掛かった首飾りを外した。
金属の鎖につながれた先には赤く煌めく宝石がぶら下がっている。
その宝石を差し出すと少女は後ずさった。

「感じる?」
「な、何、それ?」
「魔力の塊みたいなもの。私の魔力は少ないからこれで補っている」

なんとも情けない現実を口にした。
自分でも認めたくない現実。それでも表情は変えなかった。

「それでも、普通の魔族の半分くらいにしかならない。こんな多くの人間相手に私独りでどうこうできないよ」
「…じゃあ、なんでこんなところに?」

イオは言葉に詰まったように黙った。
答えてしまえばいい。心とは逆でも、この少女には何も関係ないんだ。
それでも、口にするのが嫌でイオは唇を噛んだ。

「…ここは、通過点。この国の先を目指して旅をする」
「旅?」
「あとはあんたに関係ない。私はこの国には何も用はないんだ」
「…わ、わかったわ」

キリと睨むと少女は頷いた。
恐らく彼女はこの事は誰にも言わないだろう。
私は院の大人と仲の良いように見えているだろうし、彼女が何言っても信じてもらえない事は彼女がよく知ってるはずだ。
魔族に襲われた可哀想な疑心暗鬼の女の子。そう思われるのが落ちだろう。
…それでも、一応だ。

イオは少女に近づいた。
膝を折って目線を会わせる。

イオの急な行動に少女は驚いて後ずさった。
その前にイオは少女のか細い腕を掴んで抱き寄せた。
ぎゅっと抱きしめてささやく。


「…この事は、ナイショだよ」


するりと少女の力が抜けた。全ての体重がイオに被さってくる。
それでも体の重みなど空気のように軽かった。ひどくやせ細っている。
少女の体を押し離して、気を失っている少女の体を優しくベッドの上に乗せた。

ふうとため息をついて、首飾りを着け直し、ローブもしっかりと着込んだ。


可哀想な少女だ。
彼女には決まった運命が待っているだろう。
逃げても逃げても、きっと迎えが来る。

それまでは、何も知らずに生きていくのがいい。




2010/3/10
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