03 前夜祭@




イオと2人きりになったエリオは気まずさから苦笑いでごまかした。
遠慮するなと言ったものの、イオはあまり話しやすい人物ではないように思った。
今まで一度も口元をゆるめることなく、ずっと真面目な顔をしている。まるでここに来たばかりのクランのようだ。
今も口をかたく閉ざして床に寝ている黒猫をじっと見つめている。

「…あー」

何か話しかけようとエリオが口を開いた。
イオは黒猫からエリオに視線を移して、これまたじっとエリオをみつめている。

「その、猫はお前のか?」

特にこれといった話題がみつからず、エリオは床に丸くなってくつろいでいる見たことのない猫について話をふった。

「ああ」
「な、なんて名前なんだ?」

おそろしくノリの悪いイオに困りながらも、エリオは懸命に話を盛り上げようとする。

「ゾゾ」
「ゾゾ?不思議な名前だな。お前がつけたのか?」
「いや、私ではない」

自分の名前を呼ばれたのがわかったのか、黒猫は起きあがってあくびをすると、エリオを一瞥してイオの足下をうろうろと歩きまわった。

「誰が?」
「…さあな。こいつと会ったのも数日前のことだ」
「数日前?それなのにこんなになついてるのか」

イオの周りを警戒するようにぐるぐるとまわる黒猫を見てエリオは感心したように言った。

「ああ。こいつは頭が良い」

イオはまだ無表情で黒猫をみつめている。
イオの視線に気づいたのか黒猫もイオを見つめて腰を落とした。


「…ところで」

さすがに猫についての話題もつきてしまった数秒の沈黙の後、口火を切ったのはまたもやエリオだった。

「お前、感謝祭はなんか出るのか?」
「・・・・」

イオは黙って答えようとしない。
答えないというか、意味が理解できず答えられないといった顔をしている。

「…お前、感謝祭ってなんだかわかるか?」
「わからない。サバトに来たのも昨日の話だから」

イオは相変わらず無表情だが、エリオは違和感に気づいた。
こいつは何か嘘をついている。
…いや、何かを隠しているのか?

「感謝祭ってのはな、前夜祭後夜祭含めて7日間のでっかい祭りだよ。
 冠婚葬祭から収穫祭、血祭り、武闘会、舞踏会、とか色々やるんだ。今日は前夜祭でな、前夜祭では家族団らんしてわいわいやるのが普通だ」
「私が参加できるものはなんだ?」
「明日の兵士のパレードと後夜祭の舞踏会以外はだいたいでれるよ。
 収穫祭なんかはおもしろいぞ。早食いとかスイカの早割りとか見てても面白い」
「お前は何か出るのか?」
「オレは今年の新兵だからパレードと武闘会には確実に出る。あとの参加は気分次第だな」

イオは少し考え込んでから言った。

「…新兵は武闘会への参加が必須なのか?」
「新兵も古兵も強制だ。面倒くさいったらありゃあしねえ」
「優勝者は何か貰えるんだろう?」
「ああ。大金が貰えるけど、あんなのムリムリ」

エリオはやる気がない様子で首を振った。

「ありゃあ王族の力を見せつけるための催しだぞ。もし王族に勝ちでもしたら目えつけられちまうよ」
「王族?王族も参加するのか?」
「ああ。王様は出ねえけどその血縁者はな…あ。そういや今年は王子が出るって噂があっな。こりゃあ今年の優勝は目に見えたな」

王族などと手合わせして100%の力が出せる兵士がどこに居るだろうか。
大武闘会は間接的に八百長試合なのだ。
クランすらこの事実にやる気を削いでいる。

「…それは、私にも参加できるんだな?」

イオの発言にエリオは目を丸くした。
冗談かと思ったがイオは至って真面目な雰囲気だ。

「で、できるけど…やめとけよ。出るのは訓練受けた兵士ばっかりだぞ」
「ふうん」

そんな事は関係ないとでも言うように、イオは無関心な相づちを打った。
大会に自分も参加できる事を知ったイオの興味はすでに床にねそべっている黒猫に向いていた。
ゾゾはちらりとイオの顔を見ただけで目をつむった。

「おい!お前出る気かよ!?」
「…なんだ。出てはいけないのか」
「いけなくはねえけど…お前、そんなちっこい体して擦り傷じゃすまねえぞ!」
「体は関係ない」

むっとしてイオが言った。
確かに背丈の問題ではないが、イオはどう見ても自分より年下だ。
そんな少年が武闘会に参加するなど異例のことだ。
禁止はされていないが、そんな未発達な少年が出場してただで帰ってこられるわけがない事は、毎年武闘会を観戦しているエリオがよくわかっている。

「…仕方ねえな。じゃあお前、オレと手合わせしろ」
「何故?」
「オレは自慢じゃないが剣は達者じゃない。そんなオレと戦ってみてから出場を決めろ」
「そんな事しなくても、私は出るぞ」
「だから、あの大会はそんな気軽に出れる程生やさしいもんじゃないんだ!」
「別に死にはしないんだろ?」
「死にゃせんけど、それに近い事になる場合だってあんだぞ!」

一歩も譲らないエリオのまっすぐな瞳を見て、イオは少し考えた後、小さなため息と同時に首を縦に振った。







暴れ回るのに十分な広さの庭の周りは花壇で囲まれ色とりどりの花が咲き乱れているが、花壇以外の土には枯れたような雑草しか生えていない。
乾燥した気候のサバトではよくある景色だ。

広い庭の真ん中に、ローブをまとった背の低い人物と、一人の黒髪の青年が向かい合って立っている。
それをとりまくように数人の子供達が立ち並んで興味津々で眺めている。
その中には、エリオが孤児院で最初に見かけた赤毛の少女スーズラの姿もあった。

「大会じゃ好きな剣の長さ選ばしてくれるけど、ここにはコレしかねえから我慢しろよ」

エリオが渡したのは腰あたりまでの長さの木製の剣だった。
イオは木刀を軽く振って感触を確かめている。表情からはむろん何も読み取れない。

「用意はいいか?」
「ああ」

2人が目を合わせると、場の空気に緊張が走った。
最初に動き出したのはイオで、すばしっこい動きでエリオの懐までたどり着いた。
イオの木刀がエリオにふりかざされる。
しかし、エリオはそれを防いでイオをはじき飛ばした。
イオは後ろに吹っ飛びながらも、綺麗に着地して砂埃をまきあげた。

「思ったよりやるな」

重さはないがイオの速さにエリオは驚いた。
イオは攻撃を止められたことに対して何も思うところはないのか、ただ静かに体勢を立て直して体についた砂埃を払った。

「今度はオレから行くぞ」

エリオがそう言ってイオに寄った。
イオは木刀を構えてただエリオが動き出すのを待っている。
エリオが最初の一撃を繰り出す。イオはそれを止めた。
2人のつばぜり合いが始まった。

エリオは元々この年下の子供に本気を出そうとなどはなから思ってはいなかったが、
思っていたよりもイオが強くなかなか決着にもっていけずにずるずると2人の戦いは続いた。
イオの技術はめちゃくちゃだ。型などまるでないし動きに無駄も多い。
しかしそれをカバーする身体能力がイオにはあるようだ。
動きが速くちょっとでも集中を切らせようものなら、きっと懐に鈍い痛みが走ることだろう。
ローブがひるがえってかいま見える白く細い手足のどこにそんな力があるのだろうか。

しかし、体の軽いイオはついにエリオの一撃を受けて後ろざまにふきとんでしまった。
ギャラリーからは歓声が上がって、はやしたてる声やら悲鳴やらがまざっている。

エリオは一向に終わらない攻防に思わず力を入れてしまったことを後悔した。
仰向けに転がったイオは呻き声をあげた。

「おっおい、大丈夫か!?」

慌ててエリオが駆け寄ると、イオは苦しげな顔で腹を押さえている。
エリオが助け起こして心配そうに声をかけた。

「すまん!つい力が入ってしまった」
「…だ、大丈夫」

ローブのフードがはずれ、エリオは初めてイオの顔をちゃんと見ることになった。
イオの瞼がゆっくり開かれる。
イオの顔を見てエリオは驚いた。
長いまつげにふちどられた緑色の瞳は、光の反射からかオレンジ色の星がちらばっているように見えた。
淡いピンク色をした薄い唇は痛みをこらえるためにしっかりと結ばれている。
そして柔らかで緩く波打つ栗色の髪の毛。

まるで少女だ。

…いや、コイツは女だ。


「お前…?」
「…すまない。もう大丈夫だ。立てる」

イオはエリオの手をのけて立ち上がった。
フードを被り直して、またもとの不思議な旅人の姿になった。

お前、女だったのか、とエリオは言おうとして言えなかった。
そもそも、なんで自分はいまのいままでそんな思いこみをしていたのだろう。
中性的なトーンの声に、武闘会への興味、そしてイオの身のこなし。
それを見て無意識のうちにエリオは、イオはただの少年であることを錯覚していた。

「もう一度」
「いや、もうやめよう。どうせ結果は一緒だ」
「…やってみなきゃわからないだろう」
「わかる。お前はオレより弱い」

イオが少女だという事をわかってエリオのやる気はすっかりそげてしまった。
イオは不服そうな雰囲気を出していたが、エリオの言い分にしぶしぶうなずいた。

「まあ、そう拗ねるな。思ったよりはやるよ、お前。何者?」
「…ただの旅人だ」

イオはそう言って乱暴に借りた木刀を投げ返した。
これでイオが武闘会なんかに出る気がおさまればいいが…。
エリオは苦笑いで家屋に戻っていくイオの後ろ姿を見た。
ゾゾがイオの側をつかず離れずふらふらしながら歩いている。
チラチラとこちらの様子をうかがっているようで、エリオはこんな小さな黒猫に警戒をされている気分になった。

「旅人か」


何かひっかかる部分がある。
きっとイオには何かがある。それは自分が関わらない方がいい事であるような、そんな気もした。
しかし、知りたいという好奇心や興味の類の感情が芽生え始めていることも、エリオはわかった。






「準備ができたわよ」

マリアの言葉で一同は広間に集まった。
最年長のエリオやマリア達から最年少の0歳の赤ん坊までがそろって、豪華とはいえないが、にぎやかなパーティが始まった。
長机にはマリアなどが作ったらしい料理が並べられている。
もう既に喧嘩を始める子供から料理に手を伸ばして怒られている子供まで、ぎゃあぎゃあ騒がしい中、院長様が二回手を叩くと広間はしんと静まりかえった。

「ご飯の前に、今年新しく入った子達を紹介しようかしら」

院長様がほがらかに言うと、院長様の影からしっかりした目つきの少女と、はにかんで少女にしがみつく男の子、そしてマリアに抱かれた赤ちゃんが姿を見せた。

「マニエと、弟のルーセです。セドラ地方から来ました」

マニエは周りによく聞こえる声ではきはきと挨拶をした。
ルーセは注目をあびたことで余計マニエの影に隠れてしまった。


「セドラ地方?」

マニエたちから一番遠い机に座っていたイオがぼそりとつぶやいた。

「南の国境近くにあるんだ。この前サベンダルキャンプが魔族に襲撃されたらしいから、その…」

エリオが誰のためでもなく説明した。
イオはエリオの解説を無言で聞いている。
その隣でクランもうなずいた。

「生きていただけで幸運だったな。あの兄弟は」

クランが感慨深げに言った。
クランも彼女らと同じ境遇だからわかるのだろう。


「そして、最後にこの子」

院長様が皆に見えるように赤子を掲げた。
ほとんど裸の赤ん坊だ。
高い高いでもされたと思ったのか、赤ちゃんは楽しげな笑い声をあげている。

「名前がないの。みんなで付けてあげましょうね」

院長様がそう言うと、赤ちゃん好きな子供たちがわっと盛り上がる。
子供達は次々と名前の案を出して話し合っている。
ふざけた名前から、かわいらしい名前まで様々で、意見がぶつかり喧嘩になっているところもある。

楽しそうな子供達から少し離れて、エリオやクランは関係なさそうに頬杖をついてはしゃいでいる子供達を見つめていた。


今年も騒がしい祭りが始まったんだな、とエリオは思った。


2009/9/17
2style.net