02 サバトの孤児院




感謝祭の準備で、商業街はごったがえしていた。
外からの帰郷者や、感謝祭を狙ってやってきた商人達もさることながら、やはりサバトの住人もここに集中しているようだ。
町を護る南門から城門にかけて長い人の道ができている。

商業街につながる小道から見えるほこりっぽい人の壁と喧噪を目の前にして、少年2人は目配せをしてうなずきあった。
これは毎年のことだ。
少し油断すればこの人の波に流されてしまう。
ここを2人で流されずに横切るのは至難の業だという事を少年エリオとクランはよく知っていた。
エリオとクランはいつものように二手に分かれて、人の少ない場所で落ち合おうと約束した。

一呼吸すると覚悟を決めて2人は人の波に足を踏み入れた。


目の前に見えるのは見知らぬ人の背中ばかり。
自分がどこにいるのかすら定かではない中で、エリオは一人ただ道をまっすぐ横切る事だけを考えて歩いていた。
しかし思った通りに自分の足は進んでいないだろう事もわかっていた。
やっとの事で反対側のテントとテントの間の横道を見つけたが、その前に家畜が乗った古い馬車がのたのたやってきて止まった。
なんでこんな場所に馬車なんか通したんだ。
馬車に乗っている親父がなにやら近くのテントで買い物をしているらしい。
自分が邪魔なことに気づいていないのか呑気にテントの売り子と笑い話をしている。
エリオはも足踏みして馬車が退くのを待っていた。

「ねえキミ」

馬車に乗ったブタとにらみ合いをしていると、手首を思い切り掴まれた。
振り返れば、体にたくさんの装飾を着けた少女がエリオを見上げていた。
サバトの装飾品の売り子はこうして自分に売り物を身につけて売り歩いている。
まだ頭から足まで装飾品で飾られているところを見ると、売れ行きは良くないようだ。

「アクセサリーはいかがかしら?」

長い黒髪のおさげをふりはらい、自分の胸に下がった首飾りやチョーカーを見せてきた。
客を逃がすまいと掴む右手首にも羽のある虫を模したバングルや、複数の数珠ブレス、指にも多数のアクセサリーが連なっている。
木製のアクセサリーが最も多いようだが、宝石や金属制のものも数種あった。
宝石や金属製のものは木製に比べてずいぶんと高値になる。

「あ、これは売れないけど」

エリオが自分の手首を眺めたのに気づいて売り子は、右手首の虫を模したバングルを隠した。
言われなくてもエリオには一つも買う気はない。
そもそも装飾品など買っている金があるのなら明日の食べ物に費やした方が経済的に決まっている。

断ろうと少女の顔を見たとき、一瞬エリオは言葉をなくしてしまった。

緑色の猫のような大きな目。
どこかで見たことがあるような気がしてどきりとした。一瞬あのどんよりした暗い森が頭の隅をかすめた。
誰だったろうか。知っている気がするのに思い出せない。

「いや、悪いけどいらない」

頭が思い出す作業をあきらめたらしい。結局何も思い出せなかった。
自分の知り合いなんて数えるほどしかいないのだから、ただの勘違いかもしれない。

「そんな事いわないでよ。売れなくて困ってるの」

売り子は細い眉をハの字にして懇願した。
そんな風に言われても金がないのならしかたがない。

「それ、そこらへんのおっさんに同じようにしてみろよ。きっと買ってくれる」
「おっさん?」
「俺、金持ってねーから諦めて。あんた可愛いから大丈夫、売れるよ」
「え?」

売り子は目を丸くしてエリオを見ていた。
馬車の主がテントの売り子に手を振って馬車に乗り込んだのをエリオは横目でとらえると、ゆるんだ売り子の手を振り払った。

売り子も明日の暮らしのために必死なのだろうが、そんなの気にして入れるほどの余裕は自分にはない。
悪いと思いつつも売り子を残してエリオは馬車が退いて開いた道を足早に通り過ぎた。


「エリオ」

呼ばれて振り返れば、人にもみくちゃにされて疲れ切った顔のクランがとぼとぼと歩いていた。






この横道を過ぎ石と土でできた住宅街を抜けた向こうに、エリオとクランの帰る場所がある。
白い壁に赤い屋根。おおきな花壇にはいつも花が咲いていて、その周りでは子供が無邪気に走り回っている。
サバトに一つだけの孤児院は幼いころ流行病で両親を亡くしたエリオにとって、唯一の“居場所”だった。
あの家を思うとエリオは心が安らいだ。感謝祭なんて関係無しに、あの家に帰れることはエリオにとっての幸福だった。
…けど、クランはどうだろう。
淡々と孤児院に続く道を歩むクランの表情からは何も読み取れない。

クランが孤児院にやってきたのはごく最近で、あれは2年前の夏だった。
服も髪もドロドロ、まるで幽霊みたいな少年がぐったりする妹と、泣きじゃくる弟を連れて孤児院の門に立っていた。
弟はあらんかぎりに泣きわめいて空腹を訴えていたのに、兄は妹をおぶったまましっかりした口調で院長様にこう言った。

“妹と弟を頼めますか”

体中傷だらけで自分も腹が減ってへとへとなくせに、14歳のクランはそう言ったらしい。
まるで自分は自分だけで生きるとでも言うように。
その目はただまっすぐで、しっかりしていて、とても14の少年の目には思えなかったと院長様は言っていた。

そして嫌がるクランを無理矢理孤児院に院長様が置かれて、エリオとクランは出会った。


クランはいつも、孤児院にやってきた時のような目をしているんじゃないかとエリオは思っている。
うらやましいほど、クランはまっすぐで綺麗な目をしているのだ。きっとこの目はよほどの事が無い限りゆらいだりはしないだろう。
何を考えているのかは、エリオには全く解らなかったが。




徐々に孤児院が近づいて、あの赤い屋根が見えてきた。
自然とエリオの顔がほころぶ。

「お前、本当に孤児院が好きなんだな」

真面目な顔をしてクランがエリオを分析した。
エリオは少し赤面をして無表情をとりつくろった。

「俺の家だ。当然だろ」
「恥ずかしがる事じゃない」

クールを装うエリオをからかってクランが笑った。
エリオはむすっとしようとしたが、つられて笑い出した。

とても晴れ晴れしい気分だ。
澄んだ空の色も、のどかな草花の色も、なつかしい赤と白のコントラストも、全てがエリオを幸福にさせた。
この先の事など忘れさせてくれる程に。



孤児院の門をくぐると、変わらない景色が2人を出迎えてくれた。
色とりどりの花が咲き誇る花壇の周りで、子供達がはしゃいでいる。

「あ!エリオ、クラン!」

花壇のそばでしゃがんでいた赤毛の少女がこちらに気づいてかけよってきた。
一瞬誰だかわからなかったが、クランよりも前にここにやってきたスーズラという少女だ。
癖のある赤毛がまた長くなって、白いリボンで二つにまとめられている。

「スーズラか。久しぶりだな。1年見ないうちにずいぶん大きくなったじゃないか」

エリオが声をかけるとスーズラはくすくす笑ってブラウンの瞳を細めた。

「エリオとクランもすごく背が伸びたね。どっちが大きいの?」
「俺かな」

エリオがにやっと笑って答えると、クランがむっとした。

「そうなんだ。でもクランのほうがかっこいい」

スーズラがクランとエリオを見比べてからそう言った。
エリオの笑みが消えてクランに移った。


「…そんな事より。院長様はいる?」

気をとりなおして、エリオがスーズラに問いかけた。
まずは院長様に挨拶をしに行かなくてはいけない。
スーズラは白壁の家を指さした。

「今、ライルのお説教してるんじゃないかな。あの子また孤児院勝手に抜け出したのよ」

ライルはクランの8つ下の弟だ。
クランに似た金髪を持っているが瞳の色はブラウンで、ここに来たときからクランに似ずやんちゃな奴だった。
クランは苦笑いをしてスーズラの話を聞いていたが、元気そうな様子に安堵もしているようだ。

クランにはもう一人今年6つになる妹が居る。
リューニサベラといって、この子は髪の色も目の色もクランそっくりだ。
泣き虫で甘えん坊な性格で、いつもライルかクランの後をついてまわっていた。

「リューはどうしてる?」
「リューはなんか知らない人にだっこされて寝てたよ」
「…知らない人?どんな奴?」
「ローブを着込んでてよくわからなかった。でもマリアも一緒だと思う」
「ローブ?こんな暖かいのにか」

クランは怪訝な顔つきで話を聞き終えた。
スーズラと別れてエリオとクランは1年ぶりに孤児院の戸を叩いた。
確かに自分は背が伸びたようだ。ノッカーが低く感じられる。
勝手に入っていったって構いはしないだろうが、なんとなく2人は戸口で誰かが来るのを待っていた。

しばらくして孤児院の木製の戸が開いた。
出てきたのは長い黒髪を後ろでひとつにまとめた少女。
いや、もう自分たちが知っている少女ではなかった。たった一年で別人のように大人っぽくなっている。
もう女の匂いさえしそうな程、彼女は美しく成長していた。

「エリオ!クラン!」

戸口に立った2人を見るなり、少女は飛びついて喜んだ。
2人はこんなに喜ばれるとは思っていなくて少々戸惑ったが、互いに再会を喜んだ。

「まあ、思ったより早く帰ったのね。…まあ、すごく背が伸びたのね。肩が顔にあるわ」

しげしげとマリアは2人を眺めて背を比べたりしている。
外見はずいぶん成長しても、中身は昔のままのようで2人は安心した。

「エリオなんか私より小さかったのに」
「いつの話だよ」
「ふふ。そうね。クランもずいぶん男らしくなったわ。最初会ったときなんか、女の子かと思ったのよ」
「…そんな事ないだろ」
「女の私なんかよりずっと可愛かったもの」

キラキラした漆黒の瞳を細めてマリアが微笑むと、クランは言葉もなく顔を赤くするばかりだった。
クランの赤面をみてマリアがからかって笑った。

「そんなに照れるなんて、やっぱり女の子みたいね」

クランは押し黙ってよけい顔を真っ赤にした。
エリオは呆れて2人のやりとりを見ていた。子供みたいな反応のクランもさることながら、マリアの鈍感も酷いものだ。

「院長様に挨拶したいから行くぞ」

クラッシュしているクランの頭をひっぱたいて、エリオたちは院内に足を踏み入れた。
中の少しひんやりした空気は変わらない。
年中暖かいサバトにとってはとてもありがたい家の構造だった。

狭い廊下を進む。廊下の壁に並んだ木の戸は全て孤児達の部屋だ。
部屋といっても寝るためだけにあるようなもので、4・5人用のベッドがぎゅうぎゅうになっておかれている。

「また子供は増えたのか」
「ええ。あなたたちが訓練に出ている間に3人」

マリアの声のトーンがすっと落ちた。
マリアは先頭を歩いているから表情は読み取れない。しかしきっと寂しげな顔をしているだろう。

「女の子の赤ちゃんと5歳の男の子とその8歳のそのお姉ちゃん」
「…そうか」
「みんなとってもかわいいのよ。あとで紹介するわね」

マリアがちらりと振り返って微笑んで言った。






マリアが2人を案内した先は、院長様の部屋だった。
古びた木の戸をマリアがノックすると、聞き覚えのある柔らかいトーンの声が返事をした。
戸を開けると、部屋の中にはベッドと小さな机と椅子があるばかりである。
そこに痩せた初老の女性と8歳ばかりの少年が立っていて、ベッドには金髪の少女を抱いた人物が座っていた。

「クラン!」

少年が小さな部屋に入ってきた人物を見て目を輝かせた。
駆けだしてクランに飛びつく。
クランも嬉しそうに笑って少年の頭をなでた。

「元気そうだな、ライル」
「もちろん元気だよ!」

「元気すぎて困るくらいでしたよ」
「院長様。お久しぶりです。ただいま帰りました」

クランが礼儀正しく言うと、院長様は優しくうなずいた。

「エリオも、よく帰ってきましたね」
「ただいま」

堅いあいさつは慣れなくて、エリオは照れくさそうに言った。

そんな3人の様子を見ていたのはライルとマリアだけではなく、ベッドに座った見慣れない人物も何を言うこともなく、ただじっとその様子を観察していた。
その視線と、こんなに暖かいというのにローブを着込んだ姿を見てクランはスーズラが言っていた人物だという事に気づいた。
そしてその人に抱かれている長い金髪の少女は紛れもなく自分の妹であることも。

「そちらの方は?」
「ああ。この子はイオよ。迷子になったライルとリューをここまで送ってくれたの。
 ライルったら、あなたたちに早く会いたいって勝手に院を抜け出したのよ」

ライルに呆れながらマリアが説明した。
するとイオは視線が自分に集まったのを気にしてか被っていたフードをより深く被りなおした。

「そうだったのか。それは迷惑をかけたな。ありがとう」

クランがイオに近づいて礼を言った。
イオは何故かおどおどして何か言いたげに口をもごもごとうごかした。

「なんだ?」

「……この子、どうにかして」

クランを見上げながらイオが言った。クランにはイオの白い肌にとつぶらな緑の瞳が見えた。
イオを困った顔にさせる少女は安らかな寝息をたてしがみつくようにイオのローブをしっかりと掴んでいる。

「ああ、すまないな。リュー、起きろ」

クランが妹の頭をなでながら優しく言うと、少女の長いまつげがゆれてゆっくりと大きな青い瞳が覗いた。
まだ寝ぼけ顔のリューがイオの顔を見てから、自分の頭を撫でる兄の姿をとらえた。
トロンとした瞳がぱっと開いて笑顔がほころんだ。

「クラン!帰ったの!?」

リューはイオのひざからクランの腰に飛びついた。

「あまり人に迷惑をかけてはいけないぞ、リュー」
「うん」

リューはにこにこして兄の言葉に素直にうなずいた。
クランの言葉がちゃんと頭に入ったのかは疑問なところだが、クランもかわいい妹の姿を見ただけで満足なようだ。


「兄弟水入らずで話たい事もあるでしょう。夕飯前に3人でゆっくりしてらっしゃい」
「本当!?いいの!?夕飯の準備は?」

院長様の気の利いた言葉にライルが興奮して声を高くした。

「ええ。あなたたちは結構ですよ。ライルにはその変わり片づけを手伝ってもらいます」
「えー!」
「無断で院を抜け出した罰でもあります。しっかりやってもらいますからね」

優しい笑みを浮かべながらもライルを戒める姿が相変わらずだとエリオは思った。
院長様は本気で怒ると鬼のようになるが、普段はとても優しい人なのだ。

少し元気がなくなったライルをひきつれて、3兄弟は部屋から出て行った。


「さあマリア、夕飯の支度を始めましょうか」
「はい」

騒がしさの消えた部屋で、女性2人が和やかに言った。

「じゃあ俺も」

どうせ暇だし、と思っていたがそれはマリアに止められてしまった。

「今日はあなたたちのお帰りなさい会でもあるんだから。エリオはこなくていいわ」
「そうか?」
「イオの話相手でもしてゆっくりしててよ」

エリオはベッドにちょこんと座る人物を見た。一体どんな奴だろうか。
性別すらはっきりしないし、こんな時期にローブなんか着込んで不審な奴だが、ここまでライルやリューを送ってきてくれたのだから悪い奴ではないのだろう。

「いや…私は帰る」
「そんな事言わないでお礼だと思って夕飯食べて行ってよ」
「しかし…」
「それに今日は前夜祭よ?人が多い方が楽しいわ」

マリアの言葉に困ったように、イオの口がへの字になった。

「遠慮すんなよ。感謝祭は無礼講なんだから」

エリオがマリアの言葉を助けてそう言うと、イオは少し考えてから

「…わかった。お世話になる」

と呟くように言った。


2009/8/8 (誰だかわからないけど主人公はイオです)
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