向かい合って、座る。
甲板の真ん中より、やや端っこより。
向かい合わせ、胡坐を掻いて、膝を突き合わした。
俺の手には安物のビール。
弟の手には俺お手製のローストビーフ。
なんて良く出来たシチュエーション。

ビールをくいと煽る。
勢い余って雫が服へと染みを描くけれど、毎日身につけて草臥れた厨房着だから、かまいやしない。
むしろ弟の、勢いよく肉を食べてベタベタな手とか、食べかすやらソースがこびりついてる口元が気になって仕方ない。
勿論、保護者として、っていう意味。
どこぞの弟狂いの兄だとか、まさかの少年趣味の鳥類だとかが考えるような意味では全く無い。
(といっても、その双方が俺にとってのかけがえのない仲間であることは否定しないけれど)
ああもうほんと、純粋に、仕方ないなあって思うんだ、これが。

「おっさん!この肉うめぇなあ」

きらきらと瞳を輝かせて俺を見上げる弟は、確かに酷く可愛らしい。
思わずわしゃわしゃと頭を引っ掻き回したのも、道理ってやつ。
常々エースが語るように、その手触りはたいそう心地よい。

「おっさんは肉食わねぇのかっ!?」
「ああ。俺は酒があればじゅーぶん。全部食っていいぞ、弟」
「うひょー!おっさん、いいやつだな!!」
「つーか、弟。さっきから、おっさん、おっさんて…」

お手製のローストビーフが、物凄い勢いで消えて行くのは構わない。
ちょっと自信作だから、もっと味わって食ってくれよと思わなくもないが、まあこの海賊船なんて場所においちゃ、いつものことだ。
不満があるとすれば、それは弟の俺の呼び方。
おっさんおっさんと連呼する弟は、いくら言ったって俺の名前を呼ぼうとしない。
そりゃあ、十代の少年にしてみれば、多少俺の方が歳をくってるだろうけど。
それでも、おっさん呼びは心外だ。
くいと酒を煽って、その鼻先に指を突きつけた。

「俺はサッチだっつてってんだろ、弟」
「なぁ、おっさん」
「おまえ、人の話きいてんのか、弟」
「あのさ、」

弟はくりくりとした目で俺を見つめて、首を傾げる。
その瞳はまっすぐで、まっくろで、それでいて、酷く澄んでる。
ああ、ああ、なんて、眸。
俺が思ってる以上に、きっとこいつは、物事の本質を掴んでいるに違いないだろうなあ。
そんなことをぼんやりと考えていた矢先、弟はぽつりと呟く。

なまえ呼ばないの、おっさんも同じじゃん。

弟の口から零れた言葉に、一瞬驚いて、それからにやりと笑ってやった。
やっぱり、やっぱり。
意外にこいつは、わかってる。

「俺はさ、弟」

こくり、こくり、喉を鳴らしてビールを飲む。
ぱくり、ぱくり、弟は肉を食べる手を止めない。
向かい合って、視線を合わせて、はたからみたらきっと、それは穏やかな風景。

「オヤジも、マルコも、エースも、他の仲間たちも…それから、おまえも」
「みんなみんな」
「愛しちゃってるんだよね」

誰かひとりなんて決められないくらいにね。

だから頼むから、聞いてくれるな。
名前でおまえを呼ばないその理由を。

みんなみんな、大切で。
どれかひとつなんて、選べやしない。

オヤジは、紛れも無く俺の親父。
マルコは、エースは、俺の大切な仲間。
そうしておまえは、”エースの弟”。
(それ以上の意味も、以下の意味も必要ないんだ)

「なぁ、弟」

傾けたビールが喉を滑る。
安いビールは、少し、苦い。

俺を見上げるその黒い目。
そこに写る俺の表情が、想像以上に穏やかで、安堵した。

大丈夫、大丈夫。

オヤジは、紛れも無く俺の親父。
マルコは、エースは、俺の大切な仲間。
そうしておまえは、”エースの弟”。
それが全てと、わかっているよ。

「おまえも、」
「俺らの仲間だったら、良かったのになあ」

ぽつりと俺が零した言葉に、弟は目を見張って、それから小さく笑って首を傾げる。
それに否定の意味合いが含まれていることも重々わかっているからこそ、俺も笑ってその黒髪を撫でた。

「言ってみただけだ」

そう、ただ言ってみただけ。
実現するなんて微塵も思っていない。
それでも、言わずにはいられなかった。
もしもの仮定になんて、意味はないけれど。
もしも、もしも。
おまえが、俺の仲間だったら。

違う未来が、あったのか?

そんな俺の無意味な思考を知ってか知らずか、弟は無邪気に笑んで言う。

「おれは、白ひげのおっさんも、エースも、マルコも、それからおっさんも、好きだ」
「そうか」

最後のローストビーフをぱくりと食べて。

「おっさん、」
「おかわり」

小さく鳴いた弟のために、俺は笑って腰を上げた。

「待ってろよ」
「弟」


“おっさん”と”弟”。
それもきっと、悪くはないのだ、たぶん。





恒久パラドックス

(だけれども、少しだけ、名前を呼んで欲しい、なんて)




title by 群青三メートル手前 さま



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