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「うわ、すごい雨だ」
「んー?…おお、すげえ」

時計の針はまだ6時を指したばかりなのに外はもう暗くなっている。夏ももう去ったのだなあ、と思っていたらどうやら雨雲のせいもあったみたいだ。窓ガラスには水滴がいっぱいついていて、耳をすますと雨の降る音が大きいことに気づく。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。

「…ちなみに聞くけど、山本、傘持ってる?」
「そういうは?」
「やっぱり持ってないよねえ」

はあ、とため息をつくと山本が笑った。笑ってる場合じゃないでしょうに、と言ってもあんまり意味がないことは知ってるから黙っているけど。もう少し学校にとどまって様子を見てもいいけど、ずっと英語のプリントばかりやっていたので疲れたし、湿気のせいで嫌な感じに汗をかいたので早く家に帰ってシャワーを浴びたい。それにこの雲の垂れ込めた空模様からみるに、当分雨は止まないだろう。さてどうしたものか、と考えてみるけど、あんまり選択肢はない。

「プリント終わった?」
「とっくに。むしろおれ、を待ってたんだけど」
「ええ?何か書いてるからまだ終わってないと思ってたよ」
「暇つぶしの落書き」
「…わたしも」

新たに発覚した事実にもう一度ため息をつくと山本ももういちど笑った。ちょうど巻き戻し、再生ボタンを押したみたいに。だってため息もつきたくなる、わたしたちは無意味に時間を食いつぶしてたんだから。もしかしたら雨が降るまえに帰れたかもしれなかったのに、なんて考えても無駄なことはわかってるけど、むしゃくしゃして勢いよく落書きを消しにかかる。そしたら消しゴムに力がはいりすぎてプリントがぐしゃぐしゃになった。ああもう!

おもしれー」
「笑わないでよ」
「いやこれは笑うだろ…ぶはっ」
「いいから、さっさと職員室に出して帰ろ」
「雨降ってっけど」
「濡れて帰るしかないじゃん」

そういうと今までヘラヘラ笑っていた山本が真面目な顔になって、「おれはいいけどは一応女子だしなー」などと言い始めた。気遣いはうれしいけど一応とは何だ。わたしはカバンの中に机の上のプリント以外の物々、携帯電話やペンケースを放り入れていく。プリントを手に持って立ち上がるとき、椅子の足と床が摩擦して、耳障りな音をたてた。

「しょうがないでしょ、傘ないんだし」
「それはそうだけどさ」
「ほら、行こう」

山本が席を立つのを待って、教室の電気を消す。すると今まで遠かった雨音がいきなりわたしたちを包み込んで、まるで教室の中まで雨が降ってるみたいだ。

廊下に出ても暗かったけど、職員室と、生徒玄関だけ明るかった。雨足は依然として強く、この中に出ようとするにはだいぶ勇気がいった。いざとなって後込みするわたしとは反対に、さっきまで渋っていた山本はさっさと靴を履きかえる。コンクリートの地面に立った山本はわたしのほうを振り返って急かした。

、行こうぜ」
「や、うん、思ったより雨すごいんだね」
「いいから早く」

頷くより他になくて、しょうがなくげた箱からローファーを取り出す。この間買い換えたばっかりなのに雨にさらされるなんて、などとこの際言っていてもきりがない。ちょっとしゃがんで履いて、立ち上がってすでに出入り口にたっている山本の隣に行った。

…なんだかニヤニヤしてる、って、まさか。

「うわっつめた、ちょ、山本っ」
「ははっ、ずぶ濡れなのなー」

喋ろうと口をあけると雨がはいってくる。頭上から降り注ぐ雨に打たれて、髪の毛は顔に張り付くし制服のシャツは濡れて体にまとわりつく。スカートからしたたる滴が足をつたって、おろしたてのローファーのなかに溜まっていく。即座に湿る靴下がきもちわるい。

やられた。とん、と背中を軽く押されて、気を抜いてたわたしの足は一歩二歩と進んで自らどしゃぶりの雨の中へ。振り返って叫べば、屋根の下の安全圏で山本がのんきに笑っていた。その腕を掴んで、わたしの方へ引っ張る。野球部エースの力でわたしごときに負けるはずがないのに、引っ張られるままわたしに従うもんだから、反動でわたしが後ろへさがってしまう。足下がもつれそうになったところを山本が抱き止めて、そのままわたしを引き寄せた。思わずつかんだ山本の肩のあたり、暖かい体温が雨で濡れてことさら際立つ。山本が支えたわたしの腰あたりも熱かった。髪の毛をすり抜けた水はぬるくなって襟足からシャツのなかに侵入する。

「…おあいこだよ」
「すげえ、一瞬にして濡れたな」
「誰のせいよ」
「傘を忘れたおれらのせい、だろ」

まだ笑いを含んだ声で山本がささやくから、身をよじって腕の中から逃げ出した。そのまま校門へ歩き出す。ここまで濡れてしまうといっそ気持ちがいい、今更走ってもしかたがないし。心配しなくても山本が追いかけてきてくれるのはわかってるので、大股で歩いた。こんなにびしょぬれになったの、いつ以来だろう。もしかしたら初めてかもしれない。雨音が360度からわたしを包んで、ぬかるむ地面にたまった水が歩くたびに足に跳ねた。それすらも新しい雨が洗い流していく。

「おい、ー!」

ざー、という音を縫って、後ろから山本の声が届く。遠い。まだあそこに突っ立ってるのか、と振り返れば、手を口にあてた山本が、雨に負けないくらいの大音量で叫んだ。

「ブラ透けてるぞー!」
「ばあか」

怒る気もしなくて、わたしは抑えきれない笑いを口の端っこに浮かべながら呟いた。それはやっぱり山本の耳には聞こえなかったみたいで、やっと歩き始めた山本がしきりに大声で聞き返してくる。そうしないとお互い会話ができないくらい、本当に雨が激しいのだ。今度はわたしが立ち止まって山本を待つ。すぐに教えてあげるから、はやくここまで追いついてきてよ。



ずぶ濡れびしょ濡れきみの声



(100826)